ショパン時代のピアノ教育

第37回 パリ音楽院のピアノ教育と「ヴィルトゥオーゾ」 その2

2010/12/10

「ヴィルトゥオーゾ」とは?

 「ヴィルトゥオーゾ」という語は19世紀以前から用いられていた言葉で、「徳vertu」という言葉に由来する。この用語はもともと音楽に限らず「芸術Beaux-Artsの実践や知識によって、道徳的な人間、すなわち『誠実な人間』として振舞う人」(1)というような意味合いで用いられていたが、19世紀になると次第に「自身の才能をひけらかしながら、自身の技術を徹底的に汲みつくす」人を指すようになっていった。その結果、「ヴィルトゥオーゾ」の概念は、音楽の「表現」、「感性」、「趣味」と相反する、ネガティヴなニュアンスを含む言葉として受容されるようになった。例えば、1860年代から70年代にかけて出版されたラルースの辞典では、「ヴィルトゥオーゾ」という言葉は、もっぱら演奏のテクニック的側面に重点の置かれた概念として、次のように説明されている。

 ヴィルトゥオーゾは、声楽、器楽であれ音楽の実際的な演奏において巧みな芸術家を指す。ここでわざわざ「実際的な演奏において」というのは、ヴィルトゥオーゾがそれ以上のものではなく、極めて傑出したヴィルトゥオーゾであっても、感性、魂、情熱、さらには、時に美的判断力との関係においては月並みな芸術家でしかないということがありうるからだ。[・・・]すぐれて感性と表現の芸術である音楽は、一般に認められているように、人を欺いたり驚かせたりする以上に、人を魅了し、その心に触れ、感動させるために演奏されるものである。(2)

 ここで示されている「ヴィルトゥオーゾ」の定義は、「感性」、「趣味」、「表現」といった、内面的な事柄に関する要素が必要条件ではないという点に特徴がある。さらに、同じ事典項目には、次のような記述がみられる。

 マリブラン(3)と同じくらい巧みな歌手たちは見られたが、そのような歌手たちは、激昂した情熱や悲痛な涙、崇高な霊感は持ち合わせていなかった。彼女たちは大いなるヴィルトゥオーゾだったが、マリブランは大いなる芸術家であった(4)

 このように、巧みな技術と表現力を併せ持つマリブランのような音楽家には、「ヴィルトゥオーゾ」という言葉は相応しくないと考えられていたのである。こうした言葉の用法から判断すると、少なくとも19世紀後半までには、「ヴィルトゥオーゾ」という語は、もっぱら高度な演奏技術を追求するばかりで、内面的充実を欠く音楽家に対して適用される言葉として捉えられていたことがわかる。
 さらにケルビーニ時代に近い時期の「ヴィルトゥオーゾ」観を示す言説として、リヒャルト・ヴァーグナーが1840年に、音楽雑誌『ルヴュ・エ・ガゼット・ミュジカル』に寄せた「ヴィルトゥオーゾの職務と作曲家の独立:ある芸術家の美学的気まぐれ」という記事をあげることができる。この記事において、当時パリに滞在していた彼は、ヴィルトゥオーゾに関して以下のような見解を提示している。

 ヴィルトゥオーゾの最大の美点は、演奏する作品の音楽的着想を深く理解すること、そこに自分が作ったいかなる変更も加えないということにあるのだ。[...それにもかかわらず]彼らは、この間違った傾向をむやみに取り入れ、自分が解釈する[作曲家の]思考を自分たちの思考に置き換えるために、しばしばあらゆる手を尽くしたという点で、厳しい非難に値する。作品に対してヴィルトゥオーゾに認められた不当な優勢的立場は、一般的に演奏家が大衆的な輝きを付与したがって[楽譜]テクストを好きなように変更する権利を十分に利用するのを認める結果をもたらしてしまった(5)

 ヴァーグナーは、ラルースとは異なり「ヴィルトゥオーゾ」がテクニックを偏重するような演奏家を指すとは考えておらず、むしろ作品に即した演奏を行うことができるピアニストと考えている。しかし、この記述から読み取ることができるのは、それが彼の理想的とする「真のヴィルトゥオーゾ」像であって、現実に「ヴィルトゥオーゾ」と認識されていたのは、彼の理想に反する、作品の内面的表現に無頓着なピアニストであったことが分かる。ラルースが批判しているのは、ヴァーグナーの言う「偽の」ヴィルトゥオーゾに他ならない。「作曲家の思考」を無視するような「ヴィルトゥオーゾ」を批判するヴァーグナーの考えは、ケルビーニ時代の音楽院にも見受けられる。ヴァーグナーの記事が出たのと同じ1840年にヅィメルマンが出版した『ピアニスト兼作曲家の百科事典』の第2部第4章「様式について」という項目で、彼は次のように述べている。

  ピアニストは、正確さにとどまっているだけでは、なおも十分ではない。ピアニストが再現しなければならないのは、作曲者の精神エスプリなのである。(6)

 さらに、彼は同じ項目で、演奏に関して、ラルースと類似した姿勢を示している。

 まさに魂、感性、気品、様式の高貴さこそが、偉大なピアニストの真価を露わにするのである。正確なだけの演奏は、上手に話すが何も言っていないのと同じことである。[...]概して生徒は、輝かしい走句を速く演奏する傾向にあるが、ある人たちはこれが効果を生み出す手段だと思っている。[...] せきたてるような情熱は小学生の情熱なのであり、[聴き手に] 浸透し、制御する情熱こそが、知的な情熱なのである。[...](7)

 このように「作曲家の精神」を重視し、演奏における「魂」、「感性」、「情熱」といった内面的要素を考慮に入れている点で、ヅィメルマンの態度は「反ヴィルトゥオーゾ」的である。ヅィメルマンは、『百科事典』において、「ヴィルトゥオーゾ」という言葉を殆ど使用していないが、彼が「ヴィルトゥオーゾ」という言葉を用いるとき、そこにはヴァーグナーが批判した「偽の」ヴィルトゥオーゾに対する皮肉が込められている。たとえば、第3部の「和声教程」序文には、次のような一節が認められる。

 我々の生きる時代、ピアノを弾くことしかできないヴィルトゥオーゾは、いくらか巧みに演奏しはするが、小学生としか見做されえないということになるだろう―もし、彼がこの実践的能力に、音楽の文法たる和声の知識を結び付けていないのだとすれば 。

 ヅィメルマンはここで、当時「ヴィルトゥオーゾ」として罷り通っていた、メカニックにしか美点が認められないようなピアニストを暗に揶揄している。この偽の「ヴィルトゥオーゾ」は「音楽の文法」さえ理解していないゆえに、ヴァーグナーの言うように「音楽的着想を深く理解する」ことなどできないとヅィメルマンは考えている。
 1840年頃に出版されたヴァーグナーヅィメルマンの「ヴィルトゥオーゾ」をめぐる言説からは、卓越した演奏技術を身に付けたピアニストたちの出現に対する作曲家、教育者の戸惑いを読み取ることができる。伝統的な音楽形式・書法を重んじるパリ音楽院は、生徒をいかに表層的なパフォーマンスから守ることができるか、新たな方策を打ち出すこととなる。



Cécile Reynaud. "Une vertu contestée: l'idéal de virtuosité dans la formation des élèves des classes de piano au Conservatoire de Musique (l'époque Cherubini)" in Le Conservatoire de musique de Paris―Regards sur une institution et son histoire, ed. Emmanuel Hondré (Paris: Association du bureau des étudiants du CNSMDP, 1995), p.111.
Pierre Larousse, "virtuose" in Grand dictionnaire universel du XIXe siècle, vol.15 (Paris : Administration du Grand dictionnaire universel), 1866-1879, p. 1107.
マリア・フェリシア・マリブランMaria Felicia Malibran (1808-1836)、スペイン出身のソプラノ歌手で、パリのイタリア座でロッシーニやモーツァルトのオペラにおける主要な役を担った。当時最も名高く、フランスの伝説的な歌手の一人。
Pierre Larousse, op.cit., p. 1107.
Richard Wagner, "Du métier de virtuose et de l'indépendance des compositeurs: fantaisie esthétique d'un musician" in La Revue et Gazette Musicale, 18 October 1840, no.58, pp. 495-98.
Zimmerman II, p. 59.
Pierre-Joseph-Guillaume Zimmerman, 1ère partie de l'Encyclopédie du pianiste Compositeur, (Paris: chez l'auteur, 1840), pp. 58-59.
Idem., 3e partie de l'op. cit., pp. 58-59.

上田 泰史(うえだやすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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