ここが知りたい、音楽と楽器

第13回 幻のガイゲンヴェルク

2007/01/05

【演奏】 ♪ モーツァルト アレグロ KV3 (MP3) 演奏:武久 源造

 このところ小生も、少しばかり忙しくなってきて、原稿の執筆をサボっておりました。期待してくださっていた方々には、真に申し訳なく思います。
 さて、今年最初のお話しは、最も珍しく、ある意味最も奇妙な鍵盤楽器、ガイゲンヴェルクについてです。

背面。白い円盤は弓を回転させるレバー
背面。白い円盤は弓を回転させるレバー

 この楽器の起源は意外に古いのです。かのレオナルド・ダビンチが発明したことになっており、ダビンチ自身によるスケッチも残ってはいるのですが、それは余りに不完全で、実際に、使える楽器であったかどうか分かりません。例によってダビンチの発明のことですから、空想に終わっただけのものだったかも知れません。でも、その発想はすばらしかった。つまり、鍵盤で弦楽器の音を出してやろうという物だったのです。
  元々、鍵盤楽器というものは、発音法から見て、独自の分野を持っているとは言えません。例えば、ピアノは打楽器の一種であり、ハンマー・ダルシマーやツィンバロンに鍵盤を付けた物という言い方ができます。チェンバロは、トルコのカーヌーンや中世ヨーロッパのプサルテリウムを鍵盤で弾けるようにした物、そして、オルガンは、笛やラッパを鍵盤仕掛けにした楽器に他なりません。となれば、当然、弓奏弦楽器を鍵盤で鳴らそうという考え方にも大いに必然性があるわけです。
 とはいうものの、この楽器を成功裏に仕上げるのは、大変な困難を伴いました。ダビンチ以後も、この楽器にチャレンジする製作家は後を絶たず、17世紀の大理論家プレトーリウスも、有名な『シンタグマ・ムジクム(音楽大全)』の中で、この楽器について解説しています。それらの資料を読むと、かなり成功した例もあったらしく、オーケストラの豪快さと消え入るようなピアニッシモを可能にするような、優れた楽器も作られたようです。しかし、その殆どは失われてしまいました。また、そういう楽器がいつでも手に入るようにするために、量産できるノウハウを創ることは、結局誰にもできなかったのです。
 にも関わらず、この楽器は、鍵盤奏者の夢の一つとして存在し続けました。バッ ハの次男エマーヌエルも、「ガイゲンヴェルクこそは、最高の鍵盤楽器である」と いう意味のことを言っていますし、彼にそう言わせるだけの名器が、当時存在したことは確かのようです。 19世紀になって、ピアノの時代になっても、この夢は消え去りませんでした。回転 する弓を備え、擦弦音も出せるようにしたピアノが、何台も作られ、その一つ、20 世紀初頭の楽器がウィーンの博物館に保存されています。

演奏風景。レバー製作者の小渕さん
演奏風景。レバー製作者の小渕さん

  原理は、だいたい以下の様です。何らかの動力(多くの場合、奏者自身の足踏み)で、一つまたは数個のドラムを回転させます。そのドラムの周りにはヴァイオリンと同じような馬の毛や皮革が貼られ松脂を塗布します。鍵盤を押すと、それぞれの弦が弓に接触するようになっているわけです。

 この楽器に現在なお挑戦している製作家が、世界に二人います。その内の1人が、私の友人小渕晶男さんです。今回は彼の楽器の音をご紹介しましょう。これは、彼の4号器で、弓を回転させるためには、もう1人の人が、手でハンドルを回す仕掛けになっています。



武久 源造(たけひさげんぞう)

1957年生まれ。1984年東京藝術大学大学院音楽研究科修了。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり、様々なレパートリーを持つ。特にブクステフーデ、バッハなどのドイツ鍵盤作品では、その独特で的確な解釈に内外から支持が寄せられている。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。

91年「国際チェンバロ製作家コンテスト」(アメリカ・アトランタ)に審査員として招かれる。07年および01年、第7回及び第11回古楽コンクール(山梨)に審査員として招かれる。00年に器楽・声楽アンサンブル「コンヴェルスム・ムジクム」を結成し、指揮・編曲活動にも力を注いでおり、毎年数多くのアンサンブルによるコンサートを行い、常に新しく、また充実した音楽を追求し続けている。02年および03年には韓国からの招聘により「コンヴェルスム・ムジクム韓国公演」を行い、両国の音楽文化の交流に大きな役割を果たした。

91年よりプロディースも含め20作品以上のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1?6)、チェンバロによる「ゴールドベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、コンヴェルスム・ムジクム「バロックの華?ローマからウィーンへ」、ほかの作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。02年、著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画)を出版。各方面から注目を集め、好評を得ている。現在、フェリス女学院大学音楽学部器楽科講師。

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