2015ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール(10)日本で愛されて百年、ショパン研究も進む

2015/10/12

日本でも進むショパン研究&明治時代から愛されていたショパン


左が多田氏。コンクール会場にて。

二次予選3日目午前には、高円宮久子妃殿下がご臨席され、日本人2名、ポーランド人2名の演奏をお聴きになりました。
ところで、よく欧米の方から「なぜ日本人はそんなにショパンが好きなのですか?」と聞かれます。日本では明治時代から、ショパンが親しまれ愛されてきたそうです。そこで、日本でのショパン受容史研究で知られる多田純一氏(ピティナ指導会員)にインタビューしました。


日本のショパン受容研究・楽譜研究が進展、さらに研究者同士で繋がり

2009年12月『ショパン』*をテーマに、加藤一郎先生(国立音楽大学ピアノ科准教授)、武田幸子さん(NIFCファクリミリ監修者:写真右)、河合優子さん(ピアニスト)をパネリストに、平岩理恵さん司会でシンポジウム※が開催されました(※フォーラム・ポーランドはポーランド研究者により毎年開催されている。このシンポジウムの内容は『フォーラム・ポーランド 2009 会議録』フォーラム・ポーランド監修、ふくろう出版に収録)。とても面白い内容だったのですが、それぞれ立場も活動範囲も異なり、用語の使い方にも違いがありました。

例えば"autograph"は自筆譜という意味ですが、ショパンの場合は「どの自筆譜か」という問題があります。スケッチなのか、製版用の自筆譜か、放棄された自筆譜なのか、あるいは生徒の楽譜に書き込んだものなのか(放棄された自筆譜は2000年以降に出てきた概念)。

そこで2010年ショパンコンクール後、加藤先生、武田さん、岡部玲子先生、私の4人でお会いする機会があり、研究者同士が横で繋がり、訳語も統一した方がいいということを話し合いました。こうした共通認識を持てたことは、大きな進歩だったと思います。

また、日本人のショパン研究者がいることを国内外に発信していくことでも合意しました。ピティナでもご紹介いただきましたが、2013年に日本音楽学会東日本支部第19回定例研究会で発表させて頂きました(→こちらへ)。

通常は音楽学者ばかりが出席する例会ながら、ピアノ指導者が50人ほどご来場下さり、多くの方がショパン研究に興味を持っておられることを実感しました。そしてそのことは音楽学者の間でもその認識が広がりました。次の目標はポーランドのショパン学会で発表することです。今回のコンクールでは多くの研究者との出会いもあり、日本人のショパン研究者が積極的に連携を取り合い、ショパン研究を行っていることをお伝えすることは大きな喜びです。受容史研究がようやく形になり、日本語ではありますが本も出版されたので(『日本人とショパン』アルテスパブリッシング)、日本人がどのようにショパンを受け入れていったかをご理解頂けると思います。

また先日は岡部玲子先生が、『ショパンの楽譜、どの版を選べばいいの?――エディションの違いで読み解くショパンの音楽』(ヤマハミュージックメディア刊・2015年)を出版されました。エディションについて迷っている方はこれを読めばもう安心でしょう。ショパンの例だけでなく、まずバッハ作品を例示しながら、「エディション研究とはそもそも何か、校訂という作業はそもそも何か」から始まり、ショパンの場合にはこういう問題が起きる、という順序で解説が進められています。資料や作品の全体性という考え方が2000年頃に世界的なショパン研究で明らかになり、その方法論の中で、様々な校訂者が校訂に携わっていることを説明されています。結論は是非本をお読みいただき、ご自身の答えを見つけてください。非常にわかりやすい本ですので、自信を持って、自分自身が描くショパン像を明確にすることができると思います。


日本人は明治時代からショパンを愛していた

楽譜研究や受容史研究も進み、日本でもショパン研究が確実に進んできています。
今新たなテーマとして、日本最初のショパン弾きと言われた澤田柳吉の研究をしています。日本人で初めてリサイタルを行ったのが澤田柳吉で、明治45年2月22日(1912年)に開かれたその演奏会はオールショパン・プログラムでした。当時の東京音楽学校はドイツ至上主義でしたから、ショパンは特別扱いされていたといえるでしょう。また世界では1860年代に初めてリストの手に拠るショパンの伝記が出版され、それが大正時代には日本語に翻訳されていました。また日本音楽コンクールは昭和7年から始まっていますが、必ずショパン作品が本選の課題曲に含まれており、映画『別れの曲』(独仏作、それぞれの言語版がある。日本では仏版が公開された。現在は独版がDVDにて復刻、入手可能)が公開された昭和10年には、予選から本選まですべてショパンが課題曲になりました。


審査員のジョン・リンク先生と。リンク先生ワークショップ開催のため、2016年2月来日予定。

「なぜ日本人はショパンが好きなのか」とよく聞かれますが、歴史的に見ても西洋音楽を受容しはじめた初期から日本人はショパンが好きだったことが演奏会記録やその批評からわかりますし、作品の美しさが日本人の心に響きやすかったのでしょう。当時から必死でショパンの音楽やショパンに関することを学んでいたことが伝わってきます。澤田の録音音源は『軍隊ポロネーズOp.40-1』『ワルツ第7番Op.64-2』が残っていますが、特にワルツは外国人のレコードを聴いて影響を受けていることが分かります。ショパンに対する想い入れは、1世紀以上も変わることなく続いているのです。

*訂正させて頂きました。

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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