2015ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール(9)二次予選2日目 音楽の呼吸、自分の呼吸

2015/10/11

二次予選2日目を迎えたワルシャワ。すっかり冬の寒さとなりましたが、晴天続きでぴりりと気持ちの良い毎日が続いています。二次予選はピアニストの個性がよく出る大事なステージ。一次予選を聴いた上で、さらにどのような表現、解釈、個性の奥行きがあるのかを見る機会でもあります。そんな時、落ち着いて自分の演奏ができるかは、呼吸にかかっているともいえるでしょう。そこで今回は、「音楽の呼吸、自分の呼吸」で印象的な演奏をピックアップしてみました。

26番ディナーラ・クリントン(ウクライナ)
エチュードOp.25-1から6まで、まずは極端に弱音の軽やかなエオリアンハープが奏でられる。Op.25-2、3も同じようなアプローチだが、Op.25-5はテンポを落として旋律をゆったり哀愁帯びた声色で歌い上げ、ここに一つの頂点を持ってくる。Op.25-6は軽快の極みで、下行パッセージの美しさで余韻を残して6曲を締めくくる。舟歌もまた、哀愁漂う旋律を感じながら歌い上げる。ポロネーズOp.44は主題のオクターブも単なる強打の連続ではなく、そこに宿る美しい旋律を、ポロネーズのリズムが朧げに鳴り響く中で表現している。ワルツOp,34-3はエチュードと同じような軽やかさと遊び心も。歌い手のような長く深い呼吸で音楽に息吹を吹き込み、プログラム全体の一貫性も見えた演奏だった。

27番小林愛実さん(日本)
舟歌はもう少し解釈を深めることができそうだが、プレリュードOp.45は極めて美しい瞬間に立ち会った感動を覚える。絶え間なく転調する音色の変化にも十分配慮が行き届き、間を上手に使いながらの自然なフレージングや、再現部の表現も美しい。最後はAの音に特別な意味を持たせて意味深に終わる。バラード1番は序奏に続き、第1テーマの呈示からたっぷりと、テーマが繰り返される度にインスピレーションを駆使した表現を試み、次にどう展開するのかという緊張感に満ち溢れ、聴き手を逃さない。呼吸が落ち着いて拍が安定しているので、自由に変化させても一貫性がある。想像力溢れるワルツOp.34-3に続いて、英雄ポロネーズは誇り高く表現され、胸が熱くなる。

終演後は、「弾きなれている曲なのに、いつものように行かなかった(バラード)」と少し悔しそうな表情を見せていた小林さん。そんな時でも、そんな時だからこそ、高い集中力で創造力ある表現を生み出すことができたのは底力だろう(写真は一次予選終了後)。

32番レイチェル・ナオミ・クドウ(米国)は前回よりも磨きをかけて再びこのステージに立った。幻想曲は非常に落ち着いた長いフレーズで、主題の展開もよく考えられている。スケルツォ3番は雄大な表現をみせ、もう1曲のワルツOp.18*はちょとした間や歌い方が洗練されていた。最後の和音と同じオクターブから始まる英雄ポロネーズも、中間部の節回しが甘美である。もともと大きく音楽を捉える傾向はあったと思うが、さらにディテールにも意識が向かい、呼吸をうまくコントロールしながら様々な表現を試みている。

30番ルーカシュ・クルピンスキ(ポーランド)
ポロネーズOp.26-1は冒頭からテンポを揺らしてロマン派風に歌う。対してポロネーズOp.26-2はリズムを強調する。旋律も哀愁を帯びていてポーランドとしての誇り高さだけでなく、負の歴史までも包み込んだ気高さを感じる。3つの新しいエチュード1番は涙を誘われるほどに情感と哀愁に満ちあふれている。ワルツOp.18は様々な表情で、舟歌はやや和声のバランスに欠けるが、濃密な表現を試みた。

35番エリック・リュウ(米国)は若干17歳というのが信じられないほど、息の長さと落ち着き払った音楽へのアプローチ。もっとはじけてもいいのではと思うほど。マズルカOp.17-4はどこまで自分の創意によるものかは分からないが、テンポ、和声感、間など、緻密な作りである。舟歌もバス音の安定感、和声感、そして長い呼吸によって描き出す。ワルツOp.42はやや生真面目な感じだが、ノクターンOp.62-1も長いフレーズでゆったりと、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズはリズムが少しぼやけて聴こえることがあるが、全体を通して流麗で美しい。

34番ケイト・リュウ(米国)は相変わらず長い長い呼吸で、1曲全体を1呼吸で弾いているかのような息の長さが持続する。バラード4番はテーマが繰り返される度に全く異なる表情を見せる。少しずつ第1テーマ、第2テーマを行きつ戻りつしながら、エネルギーが次第に高まり華やかに頂点に達する。ワルツOp.34-3はちょっとしたフレーズの作り方、末尾の跳ね上がり方が翻るドレスのようにチャーミング。スケルツォ3番は中間部が瞑想のように静かで厳かな和音に対比させるように、ささやくようにパッセージが舞い降りてくる。アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズは、長い糸を紡ぐようなアンダンテ・スピアナートに、心地よく刻まれるポロネーズのリズム。そして中間部は瞑想のような静けさを演出した。

43番アレクシア・ムーザ(ギリシア・ベネズエラ)は全体的に焦りのためか粗くなったが、艶やかさ、華やかさ、人を巻き込む力はある。呼吸が早くなりすぎて、音楽の呼吸を超えてしまったのは惜しいが、即興曲Op.29などは大人の貫禄に満ちあふれていた。

*訂正させて頂きました。

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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