ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール・入賞者インタビュー―ショパンと表現主義

2010/10/24

 第16回ショパン国際コンクールで、第5位入賞したフランソワ・デュモンさん。二次予選での舟歌、三次予選での子守歌など、彼の哲学的な思想が反映された演奏を聴かせてくれた。(舟歌は今回約20名が演奏)入賞者記念コンサートも終わり、落ち着いたところで、彼がどのようにショパンの音楽を捉えているのかをお伺いした。

 

時代を先取りしたショパンの表現主義/フランソワ・デュモンさん(5位)

―5位入賞おめでとうございます。二次予選の舟歌が特に印象に残っていますが、どのようにこの作品を解釈したかを教えて頂けますか?

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舟歌はショパンの中でも鍵となる作品で、後期作品の始まりでもあります。ショパンの後期には表現主義の兆しが見え、リヒャルト・シュトラウスに近いと思います。和声的には半音階主義がかなり進んでいて、ワーグナーでさえこの舟歌や幻想曲に影響を受けたのではないかと考えています。観念的、かつ前進的ですね。ただ、この曲を威厳を持って演奏する人が多いですが、観念的と考える人は少ないでしょう。

私の考えとしては、青年期の作品、例えばピアノ協奏曲にも既に表現主義の傾向が見られます。ショパンは自分の感情の行き着く先を知り、それを誇張して表現しています。感情だけではなく、彼の無意識までもが表われています。
ショパンは身体が弱く、病に冒された晩年はほとんどピアノが弾けなくなっていました。この舟歌には、精神的苦痛と悲壮感が漂っていて、郷愁以上の強い感情を感じます。人生の失敗、人生終焉の予感・・。彼は自分が死ぬことが分かっていました。だから、全ての音が大変濃密なのです。それが表現主義ではないかと思う理由です。(表現主義はロマン主義の後に到来する芸術思潮)

舟歌は嬰ヘ長調ですが、前奏曲op.28-13も同じ調性で、ノクターン風の雰囲気と幻想性を帯びています。ヘ長調から嬰ヘ長調になると、現実から理想の世界へと昇華する。
また、舟歌は中間部でイ長調になり、それまでと違う響きが繰り返し聞こえるようになりますが、これはドビュッシーの『喜びの島』と似ています。ドビュッシー自身が教師だった時、学生に『舟歌』を1年間勉強するように言っていたんですよ。またアントワーヌ・ヴァトーの絵画『シテール島への船出』や、プーランク作曲の『シテール島への船出』も同じく、理想の地に旅立つというコンセプトです。

その他(舟歌を連想させるものとしては)、ジョルジュ・サンドが著した『マヨルカの冬』。その中に、ある夜、舟から歌が聴こえてくるという一節があります。波が次第に、彼のやさしい歌声に同調してくる。舟歌では左手の波の動きから、右手の旋律が生まれてきます。またフランスの詩人アルフォンス・ド・ラマルティーヌの「湖(Le Lac)」という詩がありますが、これもまさに舟歌で、幻想が理想化されたものですね。

―様々な文学や絵画から想像力を得ているようですね。

絵画などは好きですが、こうした考えを音楽に投影しているわけではなく、音楽そのものから着想を得ています。できるだけ楽譜の細部まで見るようにしています、音符やディナーミクだけでなく、スラーやペダルも重要です。ショパンがどのような動作でピアノを演奏していたのかが分かりますから。そこで、彼が何を感じながら作曲したのかを考えるのです。

―なぜショパンはこうした感傷や悲愴感を表現するのに、「舟歌」の形式を使ったのだと思いますか?

この曲には、バスの連続するリズムが底辺にあります。このリズムの連続性は、子守歌も同じです。それが、ショパンの想像力を刺激したのではないでしょうか。フォーレも舟歌を多く作曲していますが、同じような音響効果が感じられます。言わば、ユートピアの'地平線'ですね。

―三次予選課題曲「幻想ポロネーズ」については、どう解釈しましたか?

これも後期作品ですね。ショパンはこの曲を何と呼べばいいのか迷っていたことが、手紙に綴られています。ポロネーズなのか幻想なのか。リズムはポロネーズですが、完全なポロネーズでもなく、完全な幻想曲でもない。一つ前のポロネーズ(英雄ポロネーズ)は勝利を表現していますが、幻想ポロネーズは全く異なる性格で、特にコーダ前はポロネーズと幻想の対話のようです。ポロネーズといっても人々を高揚させるものではなく、個人的な視点に基づいたものです。一人の視点で壮大な歴史を物語る、叙事詩といってもいいでしょう。

この曲は死に結びつく悲劇性を帯びたものです。最後はアッチェレランドで速くなる一方で、次第に静かになっていく。そこに投影されている歓喜や畏怖といった様々な感情は、もはや現実ものものではなく、観念・幻影の世界なんです。

―興味深い解釈ですね。子守歌も後期作品に入りますが、またいずれお話をお伺いしたいと思います。来年1月の入賞者来日公演を楽しみにしています!

ピティナ編集部
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