19世紀ピアニスト列伝

ダニエル・シュタイベルト 第2回 高まる名声とオペラの成功

2014/07/14
高まる名声とオペラの成功

王妃マリー・アントワネットのいる宮廷に招かれるまでに名声を高めたシュタイベルト(1765-1823)は、18世紀の末、斬新な発想と過激な表現でパリの聴衆を魅了しました。しかしその一方で、我流でピアノと作曲に邁進したことが裏目にでて、多くの批判も受けました。やがて熱烈な支援者も現れてオペラでも成功を収めることになります。

自作品を出版してくれる出版者との関係、ヴィルトルオーゾとしての才能が放つ魅力、魅惑の旋律と作品の斬新さのおかげで、シュタイベルトは宮廷で演奏するよう召喚された。宮廷には当時大変に寵愛を受けていたピアニストのエルマン1がいた。彼は思慮深く正確な演奏をする優れた芸術家で、マリー・アントワネットの教師であった。エルマンはシュタイベルトが持っているようなきらびやかな演奏の美質、激しい情熱、熱っぽい活気は持ち合わせていなかった。シュタイベルトは人々にその価値を認められた豊かな想像力、トレモロや反復音といった新しい演奏効果の力強さで勝っていた。エルマンは趣味人として、また立派な紳士として、この流行に戦いを挑もうとはしなかったものの、自身のライバルと友情を結んだ。[だが] 献身は殆ど報われることはなかった。出版者ボイエールの献身がそうだったように2

当時、シュタイベルトの作品はイグナーツ・プレイエル3の室内楽に匹敵する流行と人気を得ていた。プレイエルは大衆と愛好家たちが贔屓にしていた作曲家で、その長男は大ピアノ製造者となったカミーユ・プレイエル4であった。シュタイベルトの全ての作品に流れ込んでいた旋律の活力は、愛好家の群集を魅了し幻惑した。これらの聴衆は平静を保つことができず、万華鏡が作り出す奇妙な幻想のように着想が次々に繰り出され、きらきらと輝くこれらの即興的な作品の欠陥をその内実もよく心得ず理解することのできない愛好家たちだった。むらがあり正確を欠く作曲家、ヴィルトルオーゾだったシュタイベルトは、ある時には霊感に包まれて天才の域にまで上昇したかと思えば、ある時には凡庸な低地を這って倒れたまま起き上がることがなかった。このように余りに[霊感の]間欠が多いので、美的判断力に長けた少数の批評家のグループにはたいへん批判のしがいがあった。彼らは、様式の欠如、一貫性を欠く着想、単調な効果に憤慨し、この演奏家の混乱、不均質な指[の機能]、真のヴィルトゥオジティに全く反する手[の使い方]に非難を浴びせた。

だが、こうした細部についての批判もシュタイベルトの募りゆく人気には及ばなかった。強力な庇護者たち―中でもこのヴィルトルオーゾの豊かな想像力に魅了されたド・セギュール氏5の名を真っ先に挙げなければならない―は、彼をオペラ音楽の作曲家として活躍させようとした。ド・セギュール氏は彼に『ロミオとジュリエット』の台本を委ねた。王立音楽アカデミー6のために書かれ、延期された末に上演を拒否されたこの作品[台本]は、複数の作者によってフェイドー座7のために改作されたものだった。幅広い意味での旋律作家だったシュタイベルトは、学習の不足と学識の欠如にも関わらず、非常に豊かな着想と表現豊かな感情、舞台に相応しい適切で真に迫った効果を盛り込んだので、『ロミオとジュリエット』のスコアはフランスの舞台で極めて大きな成功を収めた。この作品には数多くの欠陥、声楽技法上の喜ばしからぬ未熟さ、オーケストレーションの不完全さが認められたが、そこには独創的な旋律、熱気を帯びた精彩、正確で劇的な色合いがあった。付言しておかねばならないが、シオ婦人8はこのオペラの役柄を見事に演じて、そのせりふ回しで聴衆を魅了した。

  1. エルマンJean-David Hermann (1764-1846) : ドイツ生まれのピアニスト兼作曲家。1785年ころにパリに定住しヴィルトゥオーゾとして名声を得た。マルモンテルが指摘するように、ルイ16世の宮廷でマリー・アントワネットのピアノ教師を務めた。1790年にパリに到着したシュタイベルトのライバルと目された。
  2. 前回の記事参照
  3. イグナーツ・プレイエル:本連載「ヤン・ラディスラフ・デュセック 第3回 優美で繊細なその作品」脚注30参照。
  4. 同前。
  5. ド・セギュールJoseph-Alexandre Pierre, vicomte de Ségur(1756-1805):フランスの詩人、文人、軍人。爵位は子爵。ド・セギュール侯爵アンリ・フィリップの息子で、1789年、大革命の時には代議士に選出されたが、翌年には政界を退き、文筆活動を展開していた。
  6. オペラ座のこと。パリでは、歴史や伝説に基づくシリアスで大規模なオペラを上演するオペラ座、喜劇的性格をもち、話される台詞をもつオペラを上演するオペラ・コミック座、イタリア語のオペラを上演するイタリア座のように、オペラのジャンルに応じて劇場が分かれていた。
  7. 前注の分類のうち、オペラ・コミックを上演する劇場。
  8. シオJulie Angélique Scio (1768-1807) :リール生まれのフランスのソプラノ歌手。1785年にデビューし、92年にパリデビューを果たす。オペラ・コミック座、オペラ座で活躍し、フェイドー座ではケルビーニの《エリザ》、《メデア》、《二日間》など革命期の主要なオペラの上演で重要な役を演じた。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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