19世紀ピアニスト列伝

マルモンテル『著名なピアニストたち』より、序文

2012/11/26
マルモンテル『著名なピアニストたち』より、序文

 今日から『著名なピアニストたち』の翻訳を始めます。序文を掲載するにあたり簡単な説明を加えます。
前々回にも指摘しましたが、マルモンテルの著作『著名なピアニストたち』は同時代のフランスの音楽雑誌『ル・メネストレル』に寄稿された一連の記事を一冊の本にまとめたもので、第一段落はそのことを踏まえてお読みください。
 第三段落では、この『著名なピアニストたち』が3冊からなる伝記シリーズの冒頭を飾る著作だと述べられています。その三冊とは前々回に挙げたマルモンテルの3つの音楽家列伝です。

a.『著名なピアニストたち』(1878)
b. 『管弦楽作曲家とヴィルトゥオーゾたち』(1880)
c. 『同時代のヴィルトゥオーゾたち』(1882)

 本文にある「これら古今の芸術の大家たちに捧げられた特別な研究」はbを、「その後に筆者はピアニストを再び扱うことになりますが」云々はcのことを指しています。なお、この翻訳は1886年に出版された第二版に基づいています。

A.-F. マルモンテル『著名なピアニストたち』
序文
[1]
読者の皆様が著名なピアニストたちに関する研究を歓迎してくださったことで、私は30編の草稿からなる最初のシリーズを一巻の本にまとめることにしました。僭越ながら、私は彼らが世評を変えこそすれ、運命を変えることはないだろう、だから本書がいくらかより慎重な形式をとることで、『メネストレル』紙で連載した記事と同様の激励を受けることになるだろうと期待しております。
[2]
本著作そのものに関して、筆者は本文をこの最終的な枠組みに収める前に変更を加えようとは思いませんでした。最初の段階で、私はこの枠組みに自身の最良の着想、想い出―そして信条を収めていたのです。私はこれらの人々を順々に語り、説明し、提示し、その才能を証明しました。しかし、これら最低限の解説には一定の美学的な先入観が認められこそすれ、ここで偏った批判や悪意に出会うことは全くないでしょう。私はただ真実のために、芸術の天空から決して消えることのないこの理想の唯一の光に照らされて執筆に取り組んだのです。
[3]
私の同僚は驚くかもしれません。といのもこの最初の文集にオルガン、クラヴサン、ピアノのために数々の傑作を生み出し、わけても器楽分野を有名にした偉大な管弦楽作曲家、オペラ作曲家たちの名前が含まれていないのですから。私は、これら古今の芸術の大家たちに捧げられた特別な研究は、[次に出る]中間的なシリーズのために取っておくほうがよいと思ったのです。その後に筆者はピアニストを再び扱うことになりますが、その際には著名な音楽家の画廊の中で、特殊ではありますが重要な地位を与えるに相応しい同時代のヴィルトゥオーゾ、作曲家、教授たちについて書くことに専心する所存です。
[4]
さて、本書は善き意志の証明であると同時に、約束の証明でもあります。この二重の肩書の下で、筆者は良心を保証しつつ本書を読者に委ねます。その名が音楽芸術の歴史と進歩に分かちがたく結びついている大家たちを、彼らが心の奥底に抱く感情を纏(まと)いつつ、そして彼らの個性とともに、よりよく知らしめるができれば幸甚であります。

次回は第一章、「ショパン」に入ります。(解説・翻訳:上田)

執筆者:上田 泰史 


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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