ピアノ連弾 2台ピアノの世界

第14回 ヴラスチミル・レイセクの2台ピアノ作品(下)

2010/03/12

ヴラスチミル・レイセク氏と夫人のヴィエラ・レイスコヴァーさんは、ともに優れたピアニストであり、それぞれにソリストとして卓越した技量をお持ちですが、何と言ってもご夫婦でのピアノデュオの活動が有名です。レイセク夫妻は、チェコを代表するピアノデュオチームとして知られ、国内外で圧倒的な名声を博してきました。特に、1970年代初頭にレコーディングされたドヴォルザーク「スラブ舞曲集」(全曲)は、歴史的名盤として日本でも広く知られています。モノトーンの山吹色の美しいジャケットやクリアな録音音質は現代の眼から見ても素晴らしいもので、往時、チェコスロバキアのナショナル・レーベルであったスプラフォン社が、国の威信をかけてこの盤を製作したことが伝わってきます。スラブ舞曲の輝くような演奏はため息が出るほど。全16曲をあっという間に聴き通すことができます。この盤がドヴォルザーク連弾作品の復権・再評価の嚆矢となり、当時の西側の楽壇に大きな反響を巻き起こしたことは疑いのないところです。実際、コンタルスキー兄弟やラベック姉妹らが、競うようにスラブ舞曲を演奏し始めたのは、レイセク夫妻のこのレコードがリリースされた後のことではなかったかと思います。

そのほかにレイセク夫妻の残した数々の名演奏の中では、ミヨーの「2台のピアノと管弦楽のための協奏曲」(作品228)も忘れることができません。「プラハの春」音楽祭で披露されたこの曲は大変な難曲ですが、レイセク夫妻は一糸乱れぬアンサンブルと鮮やかな指さばきを発揮し、ライブ演奏とは信じがたいような驚異的な完成度をもって軽やかに弾ききっています。ミヨーのこのコンチェルトはもともと、アメリカで活躍したピアノデュオ、ヴロンスキー&バビンのためにミヨーが書き下ろしたものですが、「プラハの春」の名演は「西にバビン夫妻、東にレイセク夫妻あり」との印象を強く焼き付けるものとなっています。レイセク夫妻は、ミヨーのほかにも、ブリテン、ショスタコーヴィチルトスワフスキといった20世紀の多くの作曲家と交流を持ち、幾多の作品の世界初演、東欧初演を手がけてきました。

レイセク氏は、作曲家としても積極的に自作を発表しています。特にピアノの名手であることから、多くのピアノ曲を書いています。今回私たちが取り上げたのは、レイセク氏の2台ピアノ4手用作品に限りましたが、そのほかにも、ピアノソロ、1台4手、1台6手、2台8手など、さまざまの形態に多くの作品があります。レイセク氏の作品はいずれも、チェコ音楽のよき伝統を充分に踏まえながら、洗練された新鮮な現代感覚が盛り込まれたものです。土俗的というよりは都会的であり、氏のピアノの演奏スタイルがそうであるように、知性とユーモアにもあふれています。私たちが演奏した、レイセク氏の2台ピアノ作品の各曲の概要を以下にご紹介しておきましょう。

「インベンション」は新古典主義的手法で書かれた初期作品で、抽象的な律動とモチーフで全曲が構成されています。「ブラジリアン・ダンス」はレイセク氏の人気曲の一つで、パンチの効いたリズムとキャッチーなメロディは痛快無比、ミヨーの「スカラムーシュ」のような大衆性を有した名作です。「トッカータ」はレイセク氏が恩師の霊前に捧げた曲で、中間部のしめやかな弔鐘の響きが胸に迫ります。「2台のピアノのためのソナタ」は、ソナタらしい格調をそなえた意欲作です。随所に技巧的なパッセージが頻出し、短二度・長七度・短九度といった鋭い不協和音が多用されながらも、全篇が瑞々しいロマンティシズムに彩られています。以上の4作品によるプログラム前半に引き続いて、後半には、よりくつろいだ表情の3作をお届けしました。「巨匠たちのダンス」は、シューマンラヴェルラフマニノフの音楽を素材にした軽快なダンス組曲ですが、深い音楽的素養に裏打ちされ、薄っぺらいパロディに堕することなく上品なユーモアと娯楽味を打ち出すことに成功しています。「ディベルティメント」は、多彩な内容が盛り込まれた名曲で、親しみやすさ、モダンさ、芸術性が高度に融合されています。私たちが最後に演奏した愛すべき小品集「リプニーク組曲」は、郷土モラヴィアへの愛情が強く感じられ、特に最終曲「我が最愛のチャールストン」の洒脱な音楽は、忘れがたい余韻を残します。

このように、レイセク氏には多くのピアノデュオ作品がありますが、日本ではかろうじて「ブラジリアン・ダンス」だけが取り上げられる程度のようです。インターネット上の動画共有サイトなどでは、地元チェコを中心に、多くのピアニストや子供たちがレイセク氏のピアノデュオ作品を演奏している様子を閲覧することができます。少なくとも「ブラジリアン・ダンス」を一度でも聴けば「この作曲家の他の作品も是非知りたい」と思うのが、音楽を愛する人の持つ共通の感情ではないでしょうか。2台8手用作品には、4人の奏者のうちの2人が2台のピアノの横を走って移動し、相互に場所の入れ替えを行うようなユニークな曲もあり、演奏者も聴衆もこの仕掛けを大いに楽しんでいる姿が映し出されています。チェコの通販ショップを見てみると、何十点ものレイセク氏の楽譜が販売されています。レイセク氏の作品は、今後ますます世界中に広がり、多くの人々に親しまれてゆくことと思います。

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最後に、チェコの人々の音楽への思いの深さを知らされた出来事をご紹介します。それは、ブルノ在住のレイセクご夫妻から、直筆のカードとお手紙を戴いたことです。私たちの手元に届いたのはコンサート終了後になりましたので、ここにお知らせをさせて頂く次第です。日本語のお手紙は、ヤナーチェク音楽院ご出身のブルノ在住の日本人の方が代筆されたものでした。私たちに手紙を送るために日本人に代筆をお願いされたレイセクご夫妻と、それを快くお引き受けされる日本人の方がいらっしゃるということ。暖かいお心遣いに幾重にも感謝申し上げます。日本から遠く離れた国にも、日本人が音楽にたずさわって生活されている事実をあらためて実感します。音楽と向き合う時には国境も距離も関係がありません。どの音楽家もどこかで必ず相互につながりがあるということは、私たちがこれまでに連絡を取らせて頂いた全ての音楽家の方々から直接・間接にお教え頂いたことです。一度でもいい加減な姿勢で音楽に向かってしまったならば、それはいずれ、全ての音楽家に受け入れてもらえなくなることにつながります。チェコにはともかく数多くの作曲家がおり、魅力的なピアノデュオ作品が多く存在します。私たちはこれからも、チェコ音楽への取り組みを続けていきたいと考えております。(文:グループPCC

動画
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