ドビュッシー探求

ベルガマスク組曲:第4曲 パスピエ

2007/11/02

今回の曲目
音源アイコン ベルガマスク組曲:第4曲 パスピエ 4m50s/YouTube

曲名はフランス古典舞曲のもつ軽やかで古風な印象を表現していますが、拍子は違っていて、その舞曲のニュアンスを大切にしていると考えられます。左手の伴奏は規則的に躍動感を表していますが、様々な音型はすべて右手の旋律のニュアンスに応じて、また和声のニュアンスに応じて巧妙に使い分けられているため、単純な「ドソミソ」というアルベルティ和音だけではありません。また、古典派で多用された縮節などが積極的に取り入れられていますが、ドイツ音楽的な用い方、すなわちクライマックスを作るための手法ではなく、意外性を表現するために用いられています。最高に美しい再現部はさりげなく、シャープ系とフラット系の和音の交替による揺らぎの静けさの中に浮かび上がってきますが、ここの感動的な美しさはそれだけで表現されているのではありません。このテーマは、提示部ではまっとうなカデンツで終止せずに教会旋法的な、いわばゆるんだ感じの終止で伴奏されているのですが、再現部ではまっとうなカデンツによってただし、終止は第1展開形であるため、完全な終止の感じではなく、持続性のあるものですが)、しかも、バスの進行にテヌートまでつけて強調することで更に効果を上げています。このような巧みな再現部はブラームスの作品にたくさんありますが、ドビュッシーでは珍しい部類です。コーダでは、プラガル終止を用い、曲集の最後にもかかわらず、最後までリタルダンドせずに極めてあっさりと終わるように書かれているのもドビュッシー一流の趣味です。古典的な美意識もたくさんありますが、ドイツ音楽的な歌いまわしや力強さとは対極にある美しい作品です。

演奏上の問題について
 まず、この作品で最も困難な部分は左手です。さまざまなことを考えて表現することが必要です。まず、音型は2/2拍子になっていますが拍子は4/4拍子ですからそのニュアンスを忘れないようにしなければいけません。また、1,3拍の最初のバスはラインとして滑らかに響かなければいけません。しかし、あくまでも軽く、すべての8分音符がスタッカートになっているので、ペダルはほとんど使えません。また、パターンが変化する9~11小節、20~24小節などはそのニュアンスがメロディーのニュアンスと連動しているので質感を変える必要があります。また、和声の変化としてのニュアンスも大切ですし、5小節ソプラノ2拍ウラ、6小節2拍目のeなどはeis(導音)の下方変位、すなわち、教会旋法の固有音であることも感じていなければいけません。他にも7小節4拍の中声部eisはfisに解決せずにcisに進行しているなど、導音を意図的に回避して嬰へ短調のニュアンスを消しています。例えば5,13,32小節などを比較してください。同じメロディーは必ず異なるアーティキュレーションで現れますから、音楽的な意味を含めてすべてニュアンスを変えなければいけません。結局、嬰へ短調を初めて感じさせるのは37~39小節の部分でeisがfisに解決するところです。これらのことを、あくまでもデリケートに、微妙な変化をつけて長い息でメロディーを歌うこととともに実行しなければいけません。全体を通して、同じメロディーが毎回どういうアーティキュレーションの違いをもっているかを入念にチェックしましょう。17小節ではpiu fが1回だけ出てきますが、これはリテヌート的なニュアンスです。そう考えると、曲全体で最大音量はフォルテです。常に軽いニュアンスを忘れないようにしなければいけません。39小節からの展開部では、転調する部分において、明るさの質感の違いを出したいところです。例えば、51小節では嬰ハ短調ですが、55小節はロ短調でこちらの方がより曇ったニュアンスになります。同様に59小節からの部分と63小節からの部分もニュアンスを変えます。76小節ではその前のホ長調から異名同音的転調で変イ長調に転調しますから、流れを失わずに質感だけ少し曇った感じを出したいところです。このニュアンスの交換は87~88小節、90~92小節、94~95小節などで同様に起こります。97~98小節では最初だけがフラット系で他はシャープ系なので、細かい強弱の指示にあわせ、質感を変えます。106小節の再現部は中声部にテーマが出現しますが、その前がほとんど消え入るようになっているところでほんの少し浮かび上がる感じでテンポも変えずに表現し、108~110小節にかけてのカデンツァを丁寧に表現することで感動的な音楽を表現できると思います。再現部の残りの部分は、前述のように、提示部との違いをすべて確認して、意味を考えながら表現します。143小節からは可能な限り細く、薄く力をぬき、しかし緊張感をもってテンポを変えずに最後まで演奏します。147小節からの部分は、バスとソプラノが2分音符ごとの連結として反行形になっているのでその2声体を忠実に表現します。154小節からの休符は、曲全体で最初で最後の無音状態です。8分音符の和音は乱暴に切らず、ペダルをうまく使いつつも長さを守って演奏し、無音部分に素晴らしい「音」を感じて曲全体を閉じます。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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