ドビュッシー探求

ベルガマスク組曲:第2曲 メヌエット

2007/10/19

今回の曲目
音源アイコン ベルガマスク組曲:第2曲 メヌエット 4m50s/YouTube

 曲頭に、極めてデリケートに、という指示があります。前奏曲に比べると、はっきりしない揺れ動いた感覚が強くあります。ここでも教会旋法を巧みに使い、しかもバロック以前の軽やかな古楽器のニュアンスが大切にされています。最後はホルンの重層的な響きで荒々しくならない程度に盛り上がりますが、結局、古めかしい合奏を弱音で行い、最後はグリッサンドで霧の中に消えていきます。そのまま、次の名曲、「月の光」につながっています。

演奏上の問題について
 この作品もプレリュードと並んで難しい作品だと思います。まず、調を明確に決めるカデンツァ、ドミナントモーションが曲全体を通じてほとんどありません。そして、教会旋法や長音階、短音階が頻繁に交替しています。また、強弱についても、曲中でフォルテは何度か出てきますが、強奏というイメージの部分はほとんどありません。従って、意味を理解してちょっとした違いをはっきりと、しかもさりげなく表現しないと冗長な音楽になりかねません。ベースにあるのは、夜の薄明かりの中で、決して騒がず、静かに、楽しそうに踊っている男女、そういったイメージだと思いますが、具体的なイメージを考えるよりも語法を理解することを優先すべきだと思います。
 最初の4小節はイ短調でIV7と+IV7で揺れ動いてV和音からIに解決するかと見せかけて5小節でVI和音に進み、その調であるヘ長調が2小節続きます。ここは挿入句のようなところですが、ここだけは通常のカデンツになっているので、和音をきれいに連結させて他との違いを出したいところです。8小節からは再びはっきりしない揺れ動きが起こり、11小節でイ短調のV7が出てきますが、ここでもI和音に解決せずに冒頭と同じ和声が続きます。はっきりしないまま音域の上行と下降で小さなふくらみを作り、結局、ここでもカデンツはわずかに17小節の3拍目で下方変位で導音を省略したV7という、はっきりしないドミナントで中間部らしきところに解決します。しかし、この中間部も最初と同じイ短調に聞こえますから多少のリズムの違いはあるにせよ、明白なスタイルの変化がありません。ここの表現の鍵は、教会旋法の固有音への意識だと思います。
 18、19小節はA-Dorian、つまり、導音gisが下方変位してgになっています。3拍目裏の和音にあるgをgisで弾くと平凡になりますが、これがgであることにより、どことなく古めかしい、雅な雰囲気になっています。この音が次のaに解決するので、こういったラインを響きとして意識することが大切だと思います。20,21小節はC-Mixolydiaですから、bに着目することになります。21小節の3拍目裏はそのまま、これを変ホ長調のドミナントと読みかえて22小節で変ホ長調が確定しているように見えるのですが、これも2拍目裏のテノールのaが上方変位しています。この音もLydia調の固有音なのでテノールのラインが大切になります。24小節はソプラノのcが下方変位していますが、ここはDoria調となっています。このように、18~25小節は教会旋法の下方変位した部分に響きの意識をもっていくことで単調さが回避できます。
 26~41小節はそれまでのリズミカルな場面から一変して滑らかな語法になっています。もちろん、16分音符が連続することで一定の推進力を維持していますが。ここからの部分は、42小節のdに至るまで、常にバスのラインの響きを失わないこと、並進行しているソプラノとテノールを可能な限り滑らかに演奏すること、それらの響きを16分音符よりも優先させることが大切だと思います。26~29小節は、明確に変ロ長調を感じさせる和声進行ですが、バスにv音のオルゲルプンクトがあるので、完全には落ち着かない雰囲気が必要です。30小節からは、特にバスとソプラノが反進行するときは響きに広がりをもって演奏するべきだと思います。35~37小節はテノールに主旋律がありますが、ソプラノにもその並進行が隠されていて、しかも最上声はdの保続音なので、バスのbとfと合わせて和音の外枠を響かせ続けるべきだと思います。38~41小節は、また教会旋法(Phrygian)が用いられているので、その曇ったニュアンスを頼りにして再現部、42小節のピアニシモまで滑らかにつなげます。
 42小節からの再現部ですが、プレリュードと同様に、ドビュッシーは同じ繰り返しを嫌います。最初とどこが異なるかをよく調べて違いをはっきりと表現するべきです。44~45小節では、イ短調の+IV7をト長調のV9と読みかえてト長調に転調します。ここも曲中で数少ないカデンツですから、特にバスのdからgへの進行ははっきりと表現したいところです。しかし、まもなく48小節からはまた教会旋法になりますから、何の音が下方変位しているかをよく調べて響きを大切にしたいところです。50小節からは、フォルテであってフォルティシモではありません。教会旋法の柔らかさを大切にしたいところです。54小節からは、同じ繰り返しでもフラット系なので、少し曇ったニュアンスが効果的です。
 58小節は、a c es gの和音が、本来はa cis e gの和音の下方変位として用いられているので、曇ったニュアンスが大切だと思います。また、72小節にかけて、バスとソプラノが反進行するので、連動した微妙な強弱の揺らぎが欲しいところです。転調も大切で、例えば、62小節から65小節には、途中でロ短調、ニ長調と転調していますから、その暖かさの違いを表現したいところです。69小節も、本来はニ長調Iの和音にくるところが、嬰へ短調のニュアンスに変わるので、これも暖かめの曇った音色で弾くと良いところです。
 73小節では意外にも変ホ長調に転調しますが、このフラット系の転調はドビュッシーでは大切です。しっかりと曇った音色に引き分けたいところです。ここは6小節の間、bがバスでオルゲルプンクトなので、この響きを常に心がけたいところです。異名同音的転調で80小節からはイ長調に転調しますが、79~80にかけての和音連結について、es→e、g→gisなどの半音関係にある部分の連結を注意することは当然ですが、dis→cisという異名同音の連結も突然明るくなる感じを出すために必要です。
 82小節からはコーダのクライマックスですが、ここからもフォルテであってフォルティシモではありません。26小節からの部分と注意することは同じです。また、82~86小節はバスにeがオルゲルプンクトで常に響くようにしたいところです。特に82~97小節にかけて、バスはe→d→h→d→h→a→gis→cis→fis→d→h→aという進行が途切れないようにしたいと ころです。82小節の16分音符ですが、4,7,11番目の音がメロディーとかぶります。付点のついたような響きにならないように、おさえた表現にしたいところです。また、88小節と90小節のように、アーティキュレーションが異なる部分を調べて違いを表現したいところです。96小節からは、両外声と両中声部で響きがブロック構造になるようにしたいところです。また、ここも教会旋法で導音が避けられています。最後まで、極めて軽く、あっさりと弾きたいところです。最後のグリッサンドは、2の指の裏側で、指に力を入れず、指の関節が本来もっている堅さを利用して弾くとニュアンスが綺麗に表現できると思います。また、バスのc→h→aのラインと2声体として響きのバランスをとりたいところです。そして、最もデリケートな音色でスタッカートの最終音を弾き、その後の静寂というキャンバスの上に次の曲、月の光の音楽を描いていく、そういう感じだと思います。
 全体に、バスの響きを残すところとそうでないところを区別して、例えば冒頭のように、残さないところは、ペダルを極力控えて、踏む場合はハーフペダルなどを多用して、可能な限り軽い響きになるようにしたいところです。楽譜の指示を表面的に守るだけでなく、その意味も含めて表現しなければならず、また、力強さがまったく利用できないこと、上品で貴族的な趣味が要求されることなど、この作品に与えられた課題は困難なものばかりだと思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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