ドビュッシー探求

12の練習曲より第1曲:5本の指のために

2007/09/21

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第1曲:5本の指のために 2m58s/YouTube

サブタイトルに「チェルニー氏にならって」とありますが、これは、私を含めた多くのピアノ学習者の幼年期に苦痛を与え続けた、おびただしい量の、苦痛を伴う練習曲を作った作曲家チェルニーをドビュッシーが皮肉ったものです。つまり、チェルニーと同じ、単調でつまらないモチーフから、こういう音楽が書けますよ、という、ドビュッシーの自信にあふれたせりふです。開始は、あのチェルニーらしい、ハ長調のモチーフ、ドレミファ ソファミレ ドレミファ ソファミレ・・・で始まり、何も知らない人は、演奏会でなんて曲を弾くんだ、と不思議がり、苦痛を覚悟します。しかし、天才ドビュッシーはそこにたった1音を付け加えるだけで、つまらない音楽に魔法のように魅力を薫らせてしまいます。このモチーフに、やはりロマン派までに多用された減7の和音、そして空5度の和音を並進行させたり、違う調で並列させることで、曲中至る所に散りばめられた ドレミファ ソファミレを装飾し、展開していきます。また、ハ長調ですが、様々な調に転調し響きの明暗を作ります。また、多声的な音楽も随所に展開し、ドビュッシーの遊び心は自由に音楽を作ってしまいます。まるで、映画「アマデウス」の一場面、サリエリがモーツァルトの歓迎のために彼に贈ったあまり面白くないマーチを、その場でモーツァルトが即興的にどんどん魅力的な音楽にしていく場面を思い出させます。最後は、ハ長調で終止すると見せかけて、突如、最低音から始まる変ニ長調の急速な上行音階が出てくるが、まるでナポリ和音的に扱って最後はハ長調の和音で、終止をわざわざ休符でアラルガンド(盛り上げてしかも遅くする)効果を書き加えるまでして、ロマン派までに用いられた大袈裟な終止をさりげなく皮肉って終わります。ドビュッシーの遊び心がふんだんに盛り込まれた作品です。

演奏上の問題について
 細かい急速な16分音符や32分音符をきっちりと弾くには物理的な練習が必要かもしれませんが、ぼくはやりません。あまり物理的に練習し過ぎると、まるで機関銃の乱射のように速いパッセージを弾くことになることがあるからです。まずは、ドビュッシーが考えたユーモアや遊びが曲にどのように表現されているかを分析して、それを表現するために練習することが大切だと思います。
 1~27小節を経て、28小節のハ長調トニックに収束する流れについてですが、まず、出だしのドレミファソファミレの動機は曲のあらゆるところに出てくるので、はっきりとハ長調のトニック(c , e, g)のニュアンスで弾くのですが、そこに2小節に突然asが演奏されます。これの扱いは非常に難しいと思いますが、まず、スフォルツァンドではないのと8分音符のスタッカートなので丸いニュアンスだと思います。また、僕はこの音に増3和音(as, c, e)の響きを感じます。この和音は異名同音の読みかえで様々な調に転調できるもので、近代の代表的な和音の一つですから、ドビュッシーはこの1つの音asに以後のさまざまな転調があることの予告という意味を持たせたのではないかと思っています。いずれにしても、1~6小節は増3和音の不安定な響きと、ハ長調トニックが交替するニュアンスを出すのが良いと思います。また、5小節目からアッチェレランドがありますが、5,6小節は縮節になっているので、最後の小節でちょっと速くするだけで十分効果があります。ピークの7小節はmfなのであまりやりすぎない方が良いと思います。また、ジーグの2拍子なので2拍子が感じられるテンポ、すなわち、あまり速くないと思います。7~9小節は減7和音が半ずれ下降していきますが、10小節は最後の音がasでなくgでそのまま11小節からのト長調に入ります。このgは意外な音なのでその意識が欲しいと思います。11小節からはト長調で1小節からと同じように進みますが、同じピアノでも、シャープ系の調ですから、1小節からよりも少し明るめの音色で弾くと単調にならないと思います。12小節は右手に嬰へ長調の鋭いパッセージがありますが、これも、ト長調と半ずれして複調の関係であること、そして、嬰へ長調のシャープ系の鋭さが欲しいと思います。15~16小節は5~6小節と同じ考え方で良いと思います。7~10小節が17~20小節で繰り返され、21~24小節でも繰り返されますが、24小節の最後はそれまでのgからasに変更され、バスにg, dの5度和音が付加され、強いドミナント和音の機能として4回繰り返されてエネルギーを蓄えて28小節でハ長調のトニック(2,6音付加)にいくという流れを理解していれば、ここにある強弱や各種テヌート記号がついている意味は容易にわかると思います。28~29小節は67~68小節と揃えるために、ぼくは16分音符をすべて左手で弾きます。28~31小節をうまく弾くコツは、これが2,6音を付加したハ長調のトニック(c, d, e, g, a)の分散和音なので、その和音の響きが綺麗に出るように、特に右手でとるc, gの和音はcをより響かせて和音を安定させ、次に大切なのはeの響きで、そこに付加音の響きを添えた感じで響くように弾くと良いと思います。また、ポジションもよく考えて指使いを決めるべきだと思います。32小節はハ長調の準III度からドミナント、34小節はハ長調のIII度からドミナントという進行で、前者は湿った感じ、後者は乾いた感じで、後者の方がよりハ長調のドミナントを強く感じさせるので、それがrubato、molto rubatoという違いに現れていると思います。また、33小節は32小節のハ長調の準III度に7音を付加して、変ニ長調のドッペルドミナントとして次には当然変ニ長調のドミナントが来るところを、高く半ずれしてニ長調のドミナントになっていることがより明るさを感じさせますので、それをrinforzandoと松葉で表現すると良いと思います。35~36小節はハ長調の和音のゆれで経過的に演奏されますが、松葉は、バスのラインg→f→e→fとソプラノの上行から下降のラインが反行形になっていることによるもので、そのふくらんだ感じを表現することで解決します。また、37~38小節はヘ長調(フラット系)に転調したので、曇った感じを出すためにピゥピアノなどになっていると思います。当然、39~40小節はト長調(シャープ系)ですから、明るくなるためにピアノに変化しているわけです。松葉はエネルギーをためてフォルテへ持っていくために必要な表現です。その後、ト長調の上行音階があり、44小節では、普通ならト長調のカデンツがあるのですが、ここでドビュッシーはフラット系の並行3和音を2つ配置し、3拍目はホ短調の減7の和音を、disをト長調のドミナントの倚音として扱って45小節のト長調トニックに解決させています。これによって、遠いフラット系の調に転調したのかと思ったら、すぐにト長調に戻ってくるのでびっくりさせられます。その感じが欲しいところです。47小節では44小節と同じことをするのかと思ったら、今度は本当に遠いフラット系の変ハ長調に転調してしまい、ト長調の明るいニュアンスから霞のかかったようなニュアンスに変わってしまいます。このあたりの遊び心を感じたいところだと思います。48~55小節は変ハ長調で滑らかに落ち着くところですが、左手のオルゲルプンクトfesを響かせながら、16分音符を軽く滑らかに演奏しなければいけないので、左手が結構難しいところです。52,53小節は左手の松葉はドミナント→トニックの流れを感じながら表現すると自然にできると思います。55小節後半はまた半ずれしていますが、その面白さをrinfなどで表現すれば良いと思います。56小節からは67小節のハ長調トニックに向かっていく息の長いドミナントとして表現すれば良いと思います。63~64小節は指示通りに演奏するのはなかなか困難ですが、フォルテではなく、メッツォフォルテであること、急がないことに留意すれば比較的容易に弾くことができると思います。74小節はハ長調から変イ長調に転調したところなので、フラット系の曇ったニュアンスにするべきだと思います。
 75小節からの部分ですが、カデンツのはっきりしたところはそれを表現したいところです。例えば78小節の最後から79小節にかけての変イ長調、82小節の最後から83小節にかけての変ニ長調です。97小節からのコーダを効果的に演出するためにも、ここはスケルツァンドで弱奏が必要です。86,88,89小節にあるsffも、あくまでもピアニシモのなかのクラスター効果として考えるべきだと思います。79、83小節のテノールのライン、c→h→cなどは揺れとしてさりげなく表現したいところです。テンポは、ぼくの場合、75小節からは少し遅く、79小節からは結構遅くします。91小節からの部分はなるべく滑らかに演奏するべきですが、息を長く盛り上げたいところなので、最初はほとんど盛り上げない方が良いと思います。そもそも、音程が徐々に上がっていくので、それだけでも盛り上がった感じが出るわけですから。98小節は8部音符ごとに鍵盤の前後のポジションが変わることをよく考えると弾きやすいと思います。103小節から最後までは、バスがfis→f→e→d→desと推移して、最後のcに向かうラインが意識されるべきです。しかし、111小節のdesは、一種のナポリ和音的な感覚で変ニ長調のスケールが挿入されています。意外な展開という感じを出せれば良いと思います。
 全体に、遊び心を持って演奏したものが結果として楽譜とほぼ一致する、そういう世界を目指したいものです。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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