ドビュッシー探求

12の練習曲より第5曲:オクターブのために

2007/09/07

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第5曲:オクターブのために 2m52s/1.96MB

 「楽しげに、興奮して、自由なリズムで」演奏されるこの作品は、ピアノ学習者がイメージするオクターブを多用する作品とは似ても似つかないという点で、第2曲や第4曲と同様に独創的な作品だと思います。つまり、通常、ピアノ作品でオクターブを多用すれば、リストやラフマニノフの名人芸的で派手で力強い音楽を連想しますが、この作品はまったくそういうものを感じさせませんし、また、そう弾かれるべきではないと想います。音程として5度、4度を多用したメロディーがあり、5度の並進行、そして、半音階、5音階、全音階などが多用されています。また、この作品も他の練習曲と同じく、シャープ系の響きとフラット系の響きが頻繁に交替することで明暗を表現しているため、ふざけた感じが更に強調されていると思います。転調は頻繁に行われますが、ある調の範囲では比較的調が認識しやすいカデンツァを多く含むため、音楽的には比較的わかりやすい作品だと思います。
 決して豪壮にならないで演奏することが困難であるという点で逆説的に難しい作品だと思います。

演奏上の問題について
 この曲は、節目ごとに調性を決めるカデンツが比較的しっかりとしているので、それを明確に表現すること、めまぐるしく転調するときは、その質的変化を表現することが大切だと思います。あと、オクターブのメロディーのラインが、あたかも指レガートをしているかのように滑らかに表現できるようにする必要がある場所もあります。リストの作品のように、連続的に続くオクターブパッセージの技術習得というよりは、不連続で、めまぐるしく変化するニュアンスを表現する技術習得といった側面が強いと思います。また、強弱については、メッツォフォルテとフォルテとフォルティッシモ、ピアノとピアニシモの区別、また、細かい松葉をはっきり表現しないとうるさいだけの単調な演奏になる可能性があります。また、それらを表面的になぞるだけでは必ずしも音楽的にはならないので、ドビュッシーの音楽の意図をよくくみ取る必要があると思います。
 自由なリズムでという表記が冒頭にありますが、3拍子を感じられないほどルバートをかけてはいけないと思います。1~4小節は、さまざまな付加音をもつホ長調のカデンツで、特に、1小節目はIの第2展開形で、これが3小節目の頭で解決する感じが欲しいと思います。また、3~4小節は極めて滑らかなレガートでクレッシェンドがかかるようにするべきだと思います。5~8小節は、細かい強弱が各小節ごとにすべて異なるニュアンスで書かれていて。右手にもスタッカート、テヌート、アクセントなどが細かく指示があります。これらをワルツ的な自然なニュアンスで表現したときに結果的に守られている、そういう表現が必要だと思います。1小節ごとにすべてニュアンスが異なることで単調さを避けている部分だと思います。9小節、10小節は、ともにトニックに解決しないで半ずれしながら和声進行しているような感じを表現すると強弱の指示が自然に表現できると思います。11小節目からは、最初は2小節ごと、その後縮節を伴って転調しながら21小節に向かって進行します。転調は、半ずれしていたり、近親調に転調したりしていますが、それぞれの小節で何調なのかと、転調したときに、互いの調性関係がニュアンスとしてどう変化するかを調べることで細かい強弱などの指示の意味が分かります。例えば、13小節でsubitoピアノになりますが、これは、その前がハ長調で、ここでシャープ系のロ長調に転調することで柔らかく暖かいニュアンスに変わるためだと考えることなどです。だから、17小節のsubitoピアノは、13小節のそれとはニュアンスが異なります。つまり、変ロ長調でフラット系の転調なので、少し曇ったようなニュアンスになると思います。23~24小節などは、クレッシェンドはかかりますが、アッチェレランドは、指示がないことからみても、最小限か、かけない方が良いと思います。つまり、3回とも同じように大袈裟にやると、しつこく、趣味が悪くなるからです。29小節からは半音階と全音階の組み合わせなので、滑らかな半音階のニュアンス、落ち着かない全音階のニュアンスを同時に表現したいところです。38小節は、49小節からの予告モチーフですが、このあたりも、変イ長調と全音階が1小節ごとに交替するので、そのニュアンスの違いを表現したいところです。
 49小節からは、右手と左手の2声として表現すると楽ですが、72小節以降を考えると、歌いにくいですが、僕は1本の旋律として表現したいと思います。59小節では、シャープ系へ転調するので、ピアニシモの指示と併せ、ヴァイオリンなどの、細くて高い音色を用い、68小節からは逆にフラット系なのでミステリアスでこもった音色で表現したいところです。また、バスは、例えば68小節は本来asで変ニ長調のトニック第2展開形のところを半ずれしていることにより、上声部と一種の複調のようなニュアンスになっていますが、それもちょっとミステリアスな雰囲気を醸し出していると思います。そして、72小節からの変ニ長調で巨大な盛り上がりとのコントラストを作っているのだと思います。
 83小節から通常の再現をして、93小節からは左手のテノールにメロディーがありますから、それを表現するのは当然ですが、更に、変イ長調→ト長調→ニ短調→ハ短調→ニ長調などと細かく転調します。相対的にシャープ系かフラット系かを考えて音色を作ります。例えば、89、91小節はちょっと教会旋法的なイ短調で、90小節はシャープ系嬰ヘ長調(明るく)、92小節はフラット系変ホ長調(こもって)などとすることなどです。このあたりはほぼ1小節ごとに調が変わり、また、5音階があったりとさまざまなニュアンスを考えて弾くべきだと想います。109小節からはフォルティッシモが120小節で初めて出てくることを考え、最初から強くしないようにしたいところです。109小節にcon fuocoと書いてあるのですが、これはニュアンスであって音量とは関係ありません。また、特に116小節でピアノに落とすことはとても効果的なので大切だと思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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