「チェルニー30番」再考

41. 「30番」再考 ~ 第13番 :「紡ぎ歌」

2015/03/09
第二部「30番」再考
41. 「30番」再考 ~ 第13番 :「紡ぎ歌」

2011年に音楽之友社から出版された「チェルニー30番」の巻頭に置かれた各曲解説で、作曲家の末吉保雄先生は第13番は様式について次のように述べています。

この曲は紡ぎ歌のスタイルをしています。昔は、糸ぐるまをくるくる回して糸を紡ぎました。根気のいる作業なので、気をまぎらわすために歌を歌いながら働いたそうです。シューベルトにも、メンデルスゾーンにも「紡ぎ歌」と題した曲があり、この曲と同じように、ピアノが糸ぐるまの回転をイメージさせるような動きをします。(中略)「チェルニーの紡ぎ歌」と名付けるにふさわしいでしょう。

この解説には筆者も全く異存はありません。ここに言及されているメンデルスゾーンの「紡ぎ歌」は、1845年に出版された彼の6集目の『無言歌集』作品67の第4曲です。

出版以来、多くのピアニストが演奏し、他の楽器用にも編曲されてきた有名曲ですが、タイトルそのものはメンデルスゾーン自身が付けたものではありません。それでも、19世紀のうちから、「紡ぎ歌」という通称で親しまれ流布していました。メンデルスゾーンも親交があったゲーテによる戯曲『ファウスト』には、主人公ファウスト博士に運命を翻弄されるグレートヒェンというヒロインが登場します。彼女が糸を紡ぐ場面は同時代の多くの作曲家たちに着想を与え、一つの典型的な題材として性格小品にしばしば取り上げられました。下の図は、メンデルスゾーンやリストと友好関係にあったヨアヒム・ラフ(1822~1882)という作曲家によるピアノ曲『糸を紡ぐ女』の表紙です(パリ、アメル社、1881年)。

絵の部分を拡大してみましょう。

当時の人々が「糸を紡ぐ女」といえば、貧しく若い女性が糸車をまわすこのような情景だったことが分かります。さて、メンデルスゾーンの「紡ぎ歌」ハ長調では、絶え間なく回る糸車のように、右手、左手は交互に急速な16分音符を演奏します。

一方、チェルニーの場合はロ長調で同じ6/8という拍子で書かれ、やはり無窮動風の動きが最後まで右手で一貫して演奏されます。

チェルニーの13番にも「紡ぎ歌」という標題こそありませんが、「極めて生き生きと軽やかに Molto vivace e leggiero」という楽想表示もまた、勢いよくカラカラと回る糸車の動きを描写することを示唆しているようです。このように、第13番には同時代の描写的な性格小品の特質がよく現れているということができます。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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