「チェルニー30番」再考

8.練習曲étudesと訓練課題exercicesの再定義 (1839) その2

2014/06/09
第一部 ジャンルとしての練習曲~その成立と発展(1820年代~30年代)
8.練習曲étudesと訓練課題exercicesの再定義 (1839) その2

フレデリック・カルクブレンナー
(1785-1849)

「練習曲études」と「練習課題exercices」-それまで、定義上はほとんど同義語として扱われていたこの2つの用語は、1830年代になるとそれぞれに独自の意味が与えられ、区別されるようになります。前回は、その一例として、当時パリで最も有力なピアニスト兼作曲家、教師として活躍していたフレデリック・カルクブレンナーが1830年に出版したピアノ・メソッドを例に挙げました。この著作の「練習課題」という項目には、訓練課題は短く簡潔で、機械的な反復練習が挙げられていたということを見ました。

 今回は、「練習課題」同じメソッドの第二部に収められている練習曲から、オクターヴによる曲を見てみましょう。まずはこちらの音源を聴いてみてください。

音源

F. カルクブレンナー『メソッド』第2部より、〈練習曲〉 第12番 アレグロ・フュリオーソ (演奏:中村純子)

譜例1

F. カルクブレンナー『メソッド』第2部より、〈練習曲〉 第12番 アレグロ・フュリオーソ(冒頭12小節)

カルクブレンナーは、前回の記事の譜例にあるオクターヴ訓練課題の成果を総合的に応用する場として、この練習曲を位置づけていることがわかります。冒頭は下行する順次進行で始まり、1小節目には上行アルペジョ、2段目には半音階3段目にはオクターヴを含む和音の連打が見られます。ハ短調のシンフォニックな響きの中で、三段目の付点リズムの主題(10~12小節)が行進曲風に展開されていきます。

中間部で雰囲気は一転し、オペラの歌唱様式が導入されます。譜例2は、中間部の後半11小節です。赤でマークした56小節目から、左手の分散和音の上で華麗な装飾を伴う旋律がppで現れますが、常に右手はオクターヴで演奏され、「技巧の修得」という目的は常に意識されています。

譜例2

同『メソッド』第2部より、〈練習曲〉 第12番 アレグロ・フュリオーソ(終結11小節)

このように、1830年代までにはオクターヴや三度、手の跳躍や伸張など、難しい演奏技巧と、様々なニュアンス(拍子、テンポ、強弱、レガート、スタッカートなど)によって規定される音楽的性格が二つながらに備わることで、練習曲はひとつの作曲ジャンルとして独自の地位を獲得していきます。ショパンが1833年に名高い《練習曲集》作品10を出版する素地は、30年代初期には十分に整っていたのです。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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