読み物・連載

なぜ4期で学ぶのか

2016/07/08
50周年企画
なぜ4期で学ぶのか

今年40回目を迎えたピティナ・コンペティション。
その一大特徴として、要項の表紙にもうたわれている「4期 よんき」があります。
ソロ部門の課題曲はバロック・古典・ロマン・近現代の4つの時代に分類されています。
近年、コンクール参加者や指導者の先生からは「時代ごとの弾きわけ」に悩むという声を多くうかがいます。いっぽう、音楽の内容に関する審査員の感想で最も多いのは、「バロックや古典の演奏がそれらしくない」という意見です。では「その時代らしくない」とは、どのような意味でしょうか?どうすれば「らしく」なるのでしょうか。
この連載企画では「なぜ4期で学ぶのか」という問いを通じて「コンクールの使い方」ひいては「音楽を学ぶことの意味」を、皆さまとともに考えていきたいと思います。

先行アンケートより ~「4期」を重視していますか?その指導法は?~

アンケートの回答数は65。「その時代らしく弾く」という課題を重視してきた方、そしてその課題に対応するための指導をされてきた方、ともに八割を超えました。

質問1これまで「その時代らしく弾く」という課題を重視してきましたか?(65件の回答)
グラフ
質問2 「その時代らしく弾く」ための指導をされてきましたか?(65件の回答)
グラフ

次の質問「具体的な指導法があれば教えてください」という質問には先生方による工夫の数々をお寄せいただきました。大まかに分類すると3種類のご意見が多数でした。

1 その時代にあった演奏スタイルを教える 42%
2 歴史や時代背景を学ぶように誘導する 27%
3 当時の楽器の音を聴いたり触れる機会をつくる 21%
アンケートに寄せられたご意見から

指導における「4期」への対応は?
現場の様子を語って頂いた意見を二つ、ご紹介します。

丸川映先生(岡山県)

24年前にピティナに出会い、自分のピアノ指導の指針となるかと思い、生徒をコンペティションに参加させるようになりました。これまでにその指導で一番苦心してきたのは「バロックの様式感をつかむこと」です。
その後地元でチェンバロ講座が定期的に始まり、自らレッスンを受けてきました。この20年間でチェンバロを通じて、ヨーロッパ諸国の音楽の歴史、多くの作曲家も知り、その様式感を演奏に反映できるようになってきたかな?と思います。チェンバロから始まってクラヴィコード、オルガン、フォルテピアノ等にも触れ、その音色を聴くなどピアノの前身となる楽器にも積極的に関わってきました。
生徒達には、バロックから古典派までがどのような時代だったのか、そして鍵盤楽器の歴史も話しながら、時にはレッスン室にあるスピネット(小型チェンバロ)を弾かせてみます。各々のお国柄や時代背景と音楽は密接に結びついていると考えていますので、曲毎に必ず話題にするよう心がけています。

丸川先生は古楽器の勉強など、生徒さんが時代ごとの演奏スタイルを理解しやすくするための工夫を重ねておられますが、それはご自身が演奏する上で、必要に迫られてのことでもありました。音楽の勉強を深めるには、継続して学び続けるとともに「楽器」「歴史」といった的確なアプローチを選ぶことも欠かせません。当連載でも、様々なノウハウを蓄積していきたいと思います。
武井純子先生(長野県)

歴史的な解釈による弾き分け。例えば、バロックは、アーティキュレーションなどの歴史的な解釈と、併せてピアノでの表現を考えて指導しています。
コンペティションにおいては、審査の先生によりお考えが分かれ、同じ演奏において、高評価と同時に低評価を頂いたことを数度経験しました。バロックは個人の解釈によって演奏法に幅がありますから「何を基準に評価されるのか」という点には、非常に難しさを感じています。
古典も、基本的な決まりごとの制約はありますが、自由度の高い部分、創造的な部分、個人の解釈に任せられる部分も併せて考えて指導しています。古典の作品もバロックと同様に、同じ演奏であっても評価に大きく差が出ることがありました。
ピティナ・コンペティションの良さを感じて生徒に挑戦させ、頂く講評からは多くを学んでいますが、上記の様な理由から、指導の難しさを感じることもたしかです。

武井先生が示してくださった視点はとても重要です。音楽においては相反するような考え方でありつつ「どちらも正しい」というような場合もあります。では、コンクールの現場で「結果」を求めるなら「当たり障りがない」「無難な」演奏を目指さねばならないでしょうか?音楽は審査員、指導者、参加者自身等々、みんなの手で作られるものだということに、あらためて思い至ります。「4期」は学びの質を高めるための指針であり道具の一つですので、その適切な「使い方」や様々な影響についても考えねばなりません。
インタビュー

コンペティション審査員も務める先生方に「4期」にまつわるご意見をうかがいました。

◎多喜靖美先生
3期でも5期でもなくなぜ4期なのか

ピアノ曲を「4期」に区分する理由はいろいろあると思いますが、私は社会的・文明的なものが音楽に及ぼした影響をもとに考えています。どういうことかというと「バロック」は鍵盤楽器の主流がピアノになる以前の音楽。「古典」は楽譜が流通する以前の音楽、そして「ロマン期」と「近現代」の境目は録音技術が存在するかどうかです。ピアノとそれ以前の鍵盤楽器に求める物が違うのは当然です。楽譜の流通により「作曲家」という独立した職業が成り立つようになりました。録音機器により人々は同じ作品を何度も耳にする機会を得ました。これらのことは音楽や音楽家のあり方に大きな影響を与えたので、それ以前と以降の作品自体に明らかな変化が見られます。そのように考えると腑に落ちます。これは一つの考え方、目安にすぎませんが、今のところ、このお話をした方には納得していただくことが多いです。
ただ、たとえばコンペティションの課題曲のなかには、現代に作られた曲であっても「バロック」に分類されているものがあります。作風がバロック期の音楽に近いということなのだと思いますが、(上記の)私の区分方法には沿いません。しかしそれは課題曲選定をされる先生方のお考えであり、もちろん間違いというわけではありません。今のところ、ピアノ音楽を年代で分類するなら3期でも5期でもなく「4期」が最適と感じていますが、いろいろな考え方がありえると思いますので、みなさんと議論を重ねたいですね。「4期」は様々な曲に出あうきっかけになってきましたし、これからもそうだと思います。

◎三谷温先生
「コンクールで音楽を学ぶ」とは

「4期」の良さは様々な時代の音楽を容易に比較できるようにしたことで、多様な価値観に触れられるということでしょうね。いっぽう、その時代区分が妥当かどうか、という疑問からは逃れられませんし、「バロックはこう弾くべき」といったある特定のスタイルへのこだわりが生じ易いという弱点もあります。
30年前は素晴らしいとされていた演奏でも、今はまったく評価されないことがありますね。ピティナのコンクールは40回目ですが、時代の変化とともに演奏表現も刻々と変化してきました。「4期」は「多様さ」に触れるための工夫ですから、新しい表現への挑戦を阻害してしまったら本末転倒です。
コンクールそのものの話をすれば、そこで受ける評価は最大公約数的なものになります。コンクールはそのことを分かったうえで受けなければなりません。人の目にさらされつつ勉強すれば、必ず結果はついてきます。短期的な結果をみて一喜一憂しないことが大事です。入賞を目指すあまりに過度の練習をし、弾くこと以外の勉強がおろそかになるとすれば、それがコンクールの弊害と言えるでしょう。演奏する方が「興味を失わずに続ける」ことを優先していただきたいです。 目標は「今回のコンクールを通ること」でなく、「10年後、20年後にその人にとって音楽芸術がかけがえのないものになっているかどうか」。指導者も参加者もそこを目指してほしいです。
芸術を表現し、皆でその芸術について一緒に考える場があるというのは貴重なことですね。それが「4期」や「コンクール」の素晴らしさではないでしょうか。

アンケートご協力お願い

「指導法の実際」を調査するアンケートを行います。指導者の方のみならず、ピアノ演奏を行うすべての皆様にお伺いする内容です。回答時間は必須項目だけなら1~2分程度でお答えいただけます。今後の連載企画充実のため、ご協力をお願いいたします。


ピティナ編集部
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