会員・会友レポート

ベルギー・クララ音楽祭レポート/菅野恵理子さん

2009/11/20
クララ音楽祭(ベルギー)~多彩なユーモアに彩られた、斬新な音楽祭
クララ音楽祭
ロビーに登場したシークレット・ゲストは、私服姿のゲルギエフ!

8月28日~9月11日ベルギーで開催されたクララ国際音楽祭。ユニークな音楽祭として、欧州内外から注目を集めています。今年は『Forza Musica!(音楽の力)』を合言葉に、駅から広場へ、サロンからコンサートホールへとステージを変えながら、音楽祭の熱狂は広がり、チッコリーニ、サローネン&ゲルギエフのコンサートにおいて頂点を迎えました。今回は音楽祭全体の様子をお伝えします。(リポート◎菅野恵理子)



街からホールへ、次第に高まる熱狂

エッカードシュタイン
音楽祭の幕開けは広場で。オープニングを飾ったエッカードシュタイン。

オープニングを飾った一人は、セヴェリン・フォン・エッカードシュタイン(2003年エリザベート王妃国際コンクール優勝)。前月満席のコンセルトヘボウ(蘭)を賑わせたエッカードシュタインであるが、今回は広場がステージに。北へ南へと往来する客足を止め、何重にも輪になって聴き入らせた。中でもベートーヴェンの熱情ソナタは、このピアニストの特徴である、楽想を大きく捉えつつ核心にぐっと迫る力を発揮して圧巻。またリスト「ドン・ジョバンニの回想」では多彩な音色と幅広いディナーミクを生かし、雄弁な演奏で拍手喝采を誘った。常に新しい表現を試み、自ら作曲も行うエッカードシュタインは、斬新な音楽祭の幕開けにふさわしいアーティストといえよう。(2010年1月来日予定)

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「ゲルギエフ vs サローネン」と大胆なタイトルが。
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メトロの駅では、スタッフが目印の青風船をもってアピール。
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演奏を見守るベルギーの聴衆。
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日刊新聞を読む聴衆。

こうして街中から少しずつ熱狂を高めていき、コンサートホールに集約していくというのが、この音楽祭のアプローチである。メトロの駅でも同時多発的にコンサートが行われたほか、ご家庭のサロンでも音楽会が催された。中には玄関前の歩道にまで「Living Room Music」の文字が。音楽祭クリエイティブ・ディレクターのパトリック・デクラーク氏(以下デクラーク氏)が「私たちは口コミを何より大切にしています」と語る通り、日刊新聞、youtube、facebook、flicker、twitter 、Last-fmなどあらゆるメディアを駆使したコミュニケーションを試み、聴衆は着実に増えていった。ちなみにこの日刊新聞はプログラムの役割も果たしているが、ジョークが効いていて面白い(チッコリーニの写真をご覧下さい!)。

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日本人アーティスト、Noriko Tsujikoさん。
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家の前の道路にも、
Living Room Musicの文字が。
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Living Room Musicでは、ご家庭のサロンや庭で演奏会を。

チッコリーニの演奏会入場料一部がWWFへ寄付

アルド・チッコリーニ
風格ある演奏を披露したチッコリーニ。

デクラーク氏の機転のきいたアイディアは、随所に生かされている。9月7日に行われたアルド・チッコリーニの演奏会は、入場料収益10%がWWF(世界自然保護基金)に寄付されるという社会的にも意義ある企画。今回は音楽祭のため通常より入場料を安めに設定しているとはいえ、計1400ユーロ(約19万円)が協会に寄付された。後半の開始前、ステージ上でスピーチと授与式が行われた。

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巨匠チッコリーニもこの通り!(注)プログラム写真です。
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チッコリーニ演奏会にて。ロビーではお爺さんの人形がお出迎え。

演奏会も秀逸。84歳の巨匠は実にゆっくりとした歩みでステージに登場し、この上なく純粋な音でモーツァルトのソナタ第11番を演奏し始めた。数十年に渡り何百回も弾いたであろうこのソナタに、新たな感動を覚えながら一音一音慈しむように弾く姿は、神々しくさえある。ゆったりとした呼吸、軽いタッチから放たれる余韻ある音、音色の絶妙なバランスが生み出す奥行き、そしてモーツァルトの精神に静かに寄り添うような演奏であった(他にモーツァルトソナタ第13番K333)。後半のドビュッシー前奏曲集第1巻は誠実なアプローチが印象深く、アンコールはファリャで熱く締めくくられた。
(ちなみにプログラムに掲載されたアーティスト写真には、全員お茶目な落書きが書かれている。チッコリーニもご覧の通り!)


二人の世界的指揮者が聴ける演奏会~サローネンvsゲルギエフ

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見事に構築されたシベリウスを披露したサローネン
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高い集中力でオーケストラを率いたゲルギエフ
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演奏後に贈られる花束はバルーンアート。
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最終日はサローネン指揮によるスウェーデン放送交響楽団。ヴァイキングが聴衆をお出迎え。

そして何といっても、この音楽祭の白眉は9日のエサ・ペッカ・サローネン&ヴァレリー・ゲルギエフのダブル出演だろう。世界を代表する指揮者であるこの二人が、何と同じ公演に登場するとあって、会場のボザールは超満席。スウェーデンの王室関係者もご臨席されていた。
前半はサローネン指揮によるアンデルス・ヒルボルグ作曲「Flood Dreams」とシベリウス交響曲5番。ヒルボルグは、スウェーデン人作曲家らしいリリカルな曲を予想していたが、意外にもリズミカルで直感に訴えてくる音楽。ラッパのファンファーレで始まり、ティンパニなども多用し、複雑なリズムを折り重ねながら音の自由な広がりを楽しむ作品で、北欧の新しいセンスを感じた。シベリウス5番は、フィンランドがロシアから解放されたのを記念した曲。サローネンの音色と響きに対する高い美意識、その中にも決然とした強い意志を感じさせ、シベリウスの音楽を一段高みに置いた演奏であった。聴衆からは盛んにブラボーが飛んだ。

後半はゲルギエフの登場。こちらはチャイコフスキー5番であったが、第1楽章冒頭の弦の響かせ方などは、あたかも霊的な力に支配されているかのように腹の底に響いてくる。ゲルギエフの高い集中力と情感あふれる音楽性が、全ての楽器を通して一斉に伝わってきた。そのため金管が強く響き過ぎる箇所があったが、本能を激しく揺さぶられるような演奏で、こちらも聴衆の熱狂を誘った。
オーケストラは両者とも同じくスウェーデン放送交響楽団。指揮者によって、ここまで出てくる音が変わるのかと、誰もが驚き、そして興奮した一夜であった。


2人の指揮者を動かした、ユニークな企画力の源泉は?

ゲルギエフ
シークレット・ゲスト、ゲルギエフの登場に沸くホールロビー

この演奏会が実現したのは、デクラーク氏の長年にわたる音楽家との信頼関係と、ユニークな企画力だ。今回シベリウス、チャイコフスキーとも『5番』交響曲で揃えたこと、またこれに先立って行われたロビーコンサートでは、シークレットゲストとしてゲルギエフが登場し大いに聴衆を沸かせたが、これらはゲルギエフとデクラーク氏のアイディアである。

デクラーク氏は3年前からこの音楽祭に関わっている。
「それまではフランドル地方の一音楽祭でしたが、3年前よりダイナミックで国際的な音楽祭に生まれ変わり、聴衆は一気に増えました。今年は延べ5万人です。明るい軽快な雰囲気で、広報にはWebやグラフィックを多用しています。私自身も兵隊のようにこんなTシャツを着ていますしね(笑)。シリアスなコンサートの前にも、ちょっとしたジョークがあるんですよ。何が始まるの?と一見軽い感じなのですが、本番では最高水準の演奏をお届けします。

サローネンとゲルギエフの共演?私は企画を考えて指揮者に話をしただけです。『新しい音楽のあり方を提示して、聴衆にもっと魅力を感じてもらいたい』と。すると2人から「OK!ぜひ協力しましょう」と快諾を頂いたのです。
新曲「Flood Dreams」については、面白い話があるんですよ。私はそもそもクラシック音楽には国境はどこにも無いことを、この音楽祭で明確に示したかったんです。そこで今回は極東アジアとスカンジナビア音楽をフォーカスしたのですが、作曲家のヒルボルグ氏は私の意図を知っていたので、作品に中国の楽器を取り入れてきました。そうして(音楽と音楽祭の)リンクを作ったのです。」

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クリエイティブ・ディレクターのパトリックさん(右)。

ヨーロッパとアジアを結ぶというコンセプトもこの音楽祭の特徴。ソウル・フィルハーモニー管弦楽団(チョン・ミュン・フン指揮)や香港中楽団(ヤン・フイチャン指揮)などはアジア文化を大いにアピールした。後者では中国を象徴する獅子が登場したり、聴衆も中国太鼓を手にしたりで、まさに会場が一体に!デクラーク氏が4ヶ月間アジアに滞在し、アジアのほぼ全てのオーケストラを聴いて選んだという。「今回招聘したオーケストラは演奏も素晴らしく、私は大変嬉しく思います。」

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聴衆も中国太鼓を手に盛り上がる!
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中国獅子?がホールロビーで聴衆をお出迎え。
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香港中楽団のコンサートでは、太鼓を手に会場が一体に!
 
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U-Theatreによるワークショップ
では、観客も実体験!

この音楽祭を通じて、アジアの音楽家にヨーロッパへの道を作ったことは意義深い。中でもソウル・フィルハーモニー管弦楽団は今回が初めてのヨーロッパ公演となったが、これがきっかけで来年以降15公演が決まったそうだ。

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韓国の太鼓グループ、U-Theatre。

また韓国の打楽器グループU-Theatreも注目を集めた。彼らのワークショップでは、聴衆10人が舞台に上がり、東洋のリズムに合わせて太鼓を叩くという体験をした。戸惑いながらも、最後は全員でアンサンブルを披露した。


新しいアートに目が開かれている聴衆



広場に照らし出された"Klara Festival"の文字。

ところでベルギーと言えば、フランス、ドイツに囲まれた小国ながら、国際機関が多数設置されるなど、まさにヨーロッパの中心に位置するコスモポリタンな都市である。アートも14世紀のファン-アイク、16世紀のブリューゲル、20世紀はルネ・マグリットに代表されるように、寓意や神秘性をたたえた作風が多い。その独創的な芸術性は現在も受け継がれており、その一例がこのクララ音楽祭だろう。
では、会場にはどのような聴衆が来ているのだろうか?ピアニストで、ご自身もイタリアで音楽祭を営んでいるシモーヌ・グートマンさんにお話をお伺いした。

「ベルギーはアートの国。初めて王立美術館に行った時、ぱっと目が開かれ、絵画への興味がどんどん沸いてきました。アートは街の至るところにあります。それに気づかなければ、自分で限界を作ってしまうことになりますね。」

新しい音楽や芸術を自分の中に取り込むことに貪欲なシモーヌさん。様々な一流芸術家をリアルタイムで見聞きしたご経験から、14歳のバレンボイム少年が半ズボン姿でベートーヴェン後期三大ソナタを弾いた話、アシュケナージとバレンボイムが話し合ったという正しい手のポジションについて、恩師ジーナ・バックアゥワーとの思い出の数々、息子さん(ヴァイオリン奏者)との共演など、生き生きと語って下さった。

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またある日は、オケメンバーが聴衆をお見送り。

そしてご自身もピアニストとして、音楽に込められた精神性を何より大事にする。
「感情をいかに指に伝えるか、これは生徒が自分で感じなくてはなりません。ピアノという物質的なものをいかにそうでなく弾くのか―例えば(この音楽祭で)アルド・チッコリーニが弾いたドビュッシー前奏曲のように。私は音楽の詩情性、つまり音楽がもたらす感情についていつも話をします。」
ペダルに関する見識も高く「いつも楽器で何ができるか興味を持っている」というシモーヌさんは、若い演奏家にも温かい眼差しを注いでいる。当地で開催されるエリザベート王妃国際コンクールやこの音楽祭にも、連日足を運んでいたそうだ。グートマンさんの現代的な感性は、他のアーティストを刺激してやまない。ご自身が主宰するピエトラサンタ音楽祭では、ベレゾフスキーやアルゲリッチ&フレイレ等も出演するという。そんな眼と耳が開かれている聴衆が、ベルギーには多いようだ。


来年は、ワーグナー!

さて、来年はどのような音楽祭になるのだろうか?
「来年以降の4年間は作曲家にフォーカスします。2010年はマーラーで『何がマーラーをインスパイアしたか、マーラーは誰をインスパイアしたか』がテーマ。2011年はリストで、彼の一生を辿りながらその心理的変化を追います。以降はドビュッシー、ワーグナーの予定です」。

常に聴衆との新たなコミュニケーション手段を試みるデクラーク氏。来年も、きっと面白いユニークな企画で楽しませてくれるだろう。乞うご期待!


ピティナ編集部
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