19世紀ピアニスト列伝

テオドール・デーラー 第1回:勝利と幸運をほしいままにした高貴な才人

2016/01/25
テオドール・デーラー
第1回:勝利と幸運をほしいままにした高貴な才人

 今回はイタリア生まれのドイツ人作曲家、テオドール・デーラー(1814~1856)の第1回です。早くから集権体制を確立したフランスとは異なり、デーラーの生まれたイタリアでは諸侯が群雄割拠していました。ヴィルトゥオーゾたちのパトロンとなる君主に恵まれれば、そこは彼らの「オアシス」だったといいます。デーラーも、まさにその不自由ない環境を公爵から与えられ、その中で存分に才能を伸ばした気高きピアニスト兼作曲家でした。
第1回では、ルッカでの誕生からオーストリアでチェルニーとゼヒターから指導を受けるところまでが扱われます。

デーラー

 神が成功を運命付け、幸福な輝かしい未来を約束され、苦しい試練から注意深く守られた芸術家たちの名がある。運命に恵まれたこれらの人々にとって、有害な影響など存在しない。彼らはいつも逆境のきびしい教え、さらには粘り強い訓練の義務さえ知らずにいる。彼らの生きる道が示すのは勝利の連続、幸福にあふれ、なおかつ混じりけのない才能である。デーラーは、この特権的な芸術家の集団に属している。彼らは名声へと昇りつめ、ヴィルトゥオーゾ兼作曲家の世界で傑出した地位を占め、現実的生活のための戦い、とげとげしい批評、不成功者や嫉妬深いライバルたちがもたらす熱っぽい惑乱状態を決して知らない。

 テオドール・デーラーは1814年4月20日、ナポリで生まれた。父は連隊の楽長で、彼に読譜の基礎知識を授け、7歳からピアノを始めさせた。特殊な適性と恵まれた素質によって、彼は数ヶ月のうちに数年分先んじていた姉のライバルとなった。ヴェーバーのお気に入りの弟子だったベネディクト1は、ナポリ滞在中にデーラーの演奏を聴く機会があり、この子どもの並外れた素質に魅了され、その音楽教育を指導することを了承した。13歳のとき、この教師は自身の生徒をフォンド座で開かれた大演奏会に出演させ、人々はデーラーの内に将来確固たるヴィルトゥオーゾとしての成功に値すべき際立った美点、すなわち自然な優美さ、繊細さ、優雅さを認めたのであった。聴衆は、彼を華々しく歓迎し、惜しげない喝采を浴びせた。

 父デーラーとその若き一家は、しばらくの間、ルッカ公国に住んだ。テオドール・デーラーの才能は、領主の公爵の好意的な関心をかき立てたが、それは[その後も]決して消えることがなかった。だが、息子に著名な教師たちをあてがい、確固たる音楽教育を施すことを欲した若きヴィルトゥオーゾの父は、君主に遣えるのをやめてウィーンに定住した。ここで、彼は息子を最も権威ある教師カール・チェルニーに委ねた。テオドール・デーラーは、かの貴重な助言とともに、博識の理論家、オルガニスト、優れた作曲家であるゼヒターから和声と作曲の卓越した教えを受けた。

  1. ベネディクトJulius Benedict(1804~1885):シュトゥットガルト出身のピアニスト兼作曲家。ヴァイマルでフンメルに、ドレスデンでヴェーバーに師事し、ヴェーバーとは各地を旅し、オペラの上演を補佐した。1823年にヴェーバーの推薦で、彼はヴィーンの劇場監督となったが、2年後に辞職してナポリに移ると、ここでも劇場監督となり、その間にベネディクトはデーラーと出合った。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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