19世紀ピアニスト列伝

カミーユ・スタマティ 第5回(最終回):有徳の音楽家、教師の模範として

2015/04/27
カミーユ・スタマティ 第5回(最終回):
有徳の音楽家、教師の模範として

今回でスタマティの章は最終回です。第5回は禁欲的で優れた人格の持ち主として、彼の性格と容姿が描写されます。続いて教育的な作品を中心に作品が紹介されます。作曲家としての「美しく高貴な霊感」は、ベルリオーズをはじめとする手厳しい批評家にも高く評価されました。最後に、マルモンテルは「ピアノ教育の使途」として彼の人生が聖別します。「教職は単に名誉職であるばかりか、使途職であり、使命なのである。そのなかで、教師は自らより高い理想を目指す義務がある」─経験を積んだ教授の言葉なだけに、重みがあります。

リース

生来禁欲的なスタマティは、いくぶんファランク夫人が抱えていたようなパリの悩みの中に生きていた。彼はファランク夫人と共に、確固たる信念、いにしえの巨匠への特別な愛着、マニエリスムや悲壮感、あまりにあからさまな表出的ジャンル[の音楽]への反感を共有していた。彼の作品においては、容姿と道徳が調和しているといえる。彼の容貌は、際立った特性さや異常な特徴を一切示していなかった。人は著名な芸術家たちの作品の中にそうしたものを見出すのを好むのではあるが。
絹のような頬髯に縁取られた面長の顔は規則正しい線ときれいに整った輪郭を見せていた。細い鼻、笑みを浮かべた口、禿げ上がった額が上品な全体を作っていた。瞬く目は時折、辛辣で嘲笑的に見えた。だが、しかし彼には少しもそのような気持ちはなかった。スタマティは皮肉や中傷をひどく嫌っていたのだ。この作曲家の全作品の詳しい分析には立ち入らないで、この才能ある教師が、ピアノ練習曲の全く特別なジャンルにおいてある位置を占めていたということを述べることにする。『指のリズム』1は、我々がそれまで知っていたもののどれよりも十全かつ合理的で論理的なメカニスムの教程である。この教程では拍子、指の独立、アクセント法が、あらゆる形態で、もっとも多様な組み合わせで検討されている。《段階的練習曲》2op.3739)は歌い方とメカニスムの練習曲であり、学習者たちにとって性格小品の重要な曲集である。ここではアクセント法、敏捷性、華麗なパッセージ(ブラヴーラ)が段階的に、理路整然とした配慮の下に、類まれな創意工夫を凝らして扱われている。
《協奏的練習曲》3op.46, 47)は、先述の練習曲と並行して学ぶことのできる2作品であり、この作曲家の和声の知識と旋律の霊感とって最大の名誉となっている。《スケッチ集》(op.174と《絵画的練習曲》5op.21)においてもまた、カミーユ・スタマティは、厳密な意味でのジャンル練習曲の中でその長所をはっきりと示している。最後に、6つの《オベロンに基づく練習曲》6と12のトランスクリプション《音楽院の想い出》は、劇的・交響的な傑作をピアノ作品に適用することで、スタマティの深淵で合理的な教えを完成させる様式の一塊の18曲の大練習曲を形成している。
 さらに、ピアノ独奏のための2つのソナタ7、ヘ短調とハ短調、三重奏(op.12)、見事な仕上がりを示す協奏曲(作品2)、最後に、名高いトランスクリプション《[マルティーニの]愛の喜び》8《舟遊び》9《スコットランドのジーグ》10《古風な様式によるシチリアーノ》11《ハンガリー行進曲》12《糸をつむぐ少女》13《鳥のワルツ》14、《星のワルツ》15、その他、オペラのアリアに基づく多数の幻想曲と変奏曲がある。こうした作品はいずれもスタマティの存命中、ベルリオーズ、ドルティーグ16、モネ17といった公平な審判者によって評価された。彼らはみな、これらの作品の大部分の実質、美しく高貴な霊感に対して公正な判断を下したのである。
 手早くまとめたこの一覧から、教育の要請によって、スタマティにおけるこの創作熱は鎮められることがなかったということがわかる。この創作熱は、創造力豊かな芸術家なら誰もが最期の時まで持ち続けるものだ。実際、彼らにとって、教職は単に名誉職であるばかりか、使途職であり、使命なのである。そのなかで、教師は自らより高い理想を目指す義務があるのだ。スタマティはもっとも高い程度において、教師には不可欠の、一つの流派を確立せんとする芸術的意志を持っていた。彼はこの貴重な資質を持ち続けて、1870年4月19日に早すぎる死を迎えた。彼を知る全ての人々が高貴な心、気高き精神、そして同時に彼の公正な判断を想い出として記憶に留めている。威厳を保ち、かくも見事に全うされた彼の人生は偉大な見本であり、尊敬された彼の名は、徳と才能によって芸術の栄誉を称えた人々の側に位置づけられるべきである。

参考音源
  1. Camille STAMATY, Le Rhythme des Doigts, exercices types pouvant servir à l'étude la plus élémentaire comme au perfectionnement le plus complet du mécanisme du piano op. 36, Paris, Heugel et Cie, 1858.
  2. dem, Chant et mécanisme. Etudes progressives, 24 études de perfectionnement, op.39, Paris, Heugel, 1858.
  3. Idem, École du pianiste classique et moderne. Chant et mécanisme, les concertantes, Etudes spéciales et progressives pour piano à quatre mains, op. 46 et 47, Paris, Heugel, 1862.
  4. Idem, Esquisses pour le piano, op. 17, Paris, France musicale, 1853.
  5. Idem, 12 études pittoresques pour piano op. 21, Paris, L. Escudier, 1854.
  6. Idem, Six études caractéristiques sur Obéron, opéra de Weber, op. 33, Paris, Heugel et Cie, 1857.
  7. Idem, Sonate pour piano op. 8, Paris, M. Schlesinger, 1843 ; Grande snate pour piano. op. 20, Paris, Prilipp, 1854.
  8. Idem, Plaisir d'amour, de Martini, andante. Méditation. op. 24 Paris, Heugel, 1855.
  9. Idem, Promenade sur l'eau, barcarolle expressive op. 22, Paris, L. Escudier, 1856.
  10. Idem, L'Ecossaise, gigue op. 29, Paris : Heugel, 1857.
  11. Idem, Sicilienne dans le style ancien op. 28, Paris, Heugel, 1857.
  12. Idem, Marche hongroise originale op. 32, Paris, Heugel et Cie, 1857.
  13. Idem, La Petite fileuse, lied pour piano, Paris, Heugel, 1857.
  14. Idem, Valse des oiseaux, op. 44, Paris, Heugel et Cie, 1859.
  15. Idem, Étioles. Valse de salon, Heugel et Cie, 1863.
  16. ドルティーグJoseph Louis D’ORTIGUE(1802-1866):フランスの批評家、作曲家、作家。1820年代末から音楽批評の先鋒として頭角を表し、ベートーヴェン派とロッシーニ派の論争に加わって前者を擁護した。対してロッシーニ、マイアベーア、ベルディ、ワーグナーら19世紀の華美なオペラには批判の矛先を向け、一方でベルリオーズ、グノーら同時代の作曲家、モーツァルトやグルックを称賛した。室内楽、ピアノ音楽の批評も多く、スタマティ、アルカンら伝統の守護者には共感を抱いた。自由主義的なカトリック信徒だったことからフランスの司祭ラムネーに接近し、フランツ・リストを彼に紹介した。
  17. エドウアール・モネEdouard Monnais(1898~1868):フランスの音楽批評家、行政官僚。音楽愛好家としてヴァイオリンも弾いた。1839年にオペラ座の副支配人、翌年にテアトル・リリック座およびパリ音楽院付政府役員として、長年パリ音楽院の運営に携わったことでも知られ、ピアノ音楽に関する批評も多い。音楽批評ではポール・スミスのペンネームを用いた。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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