ショパン物語

第021回 亡命芸術家 

2004/08/13
ショパン物語 第21回

1、チャルトリスキ公ワルシャワ蜂起で一時樹立された国民政府の首相だったため、蜂起失敗後はパリに亡命した。パリには他にもロシアの弾圧から逃れてきたポーランド人が大勢いた。チャルトリスキ公はそのポーランド人亡命者社会の総帥であった。
ショパンとチャルトリスキ一家とは後年も親しく付き合い、ショパン人生最後の数ヶ月、最後の日々まで共にすることになる。

2、ロシア皇帝付首席ピアニストショパンが自ら「亡命者」であることを選択したさらに数年後、さらに有名な芸術家として名声を高めていたショパンを、ロシア側は手に入れたがった。そこで「ロシア皇帝付首席ピアニスト」の地位と様々な特典(当然帰国も許可する)をショパンにあたえようとした。
しかしショパンはそれを断り、ロシアには絶対に屈しないという意志を貫き通したのだった。


林 倫恵子(はやしりえこ)

漫画家・ピアノ指導

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