【インタビュー】第9回: 林苑子先生 「『基礎』からはじめる音楽表現の指導法」

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2006/10/06

hayashi_sonoko2.jpg今回のゲストは、「基礎からはじめる音楽表現の指導法」を題材とした講座が、「わかりやすい!」「また聞きたい!」と、大好評を呼んでいる林苑子先生。ピアニスト、指導者、コンクール審査員、ステップアドバイザー...様々な立場から、ピアノ教育の真の「基礎」について語っていただきます。

ピアノを指導・演奏するにあたって、「基礎」を抑えることが大切だ、とはよく言われていることですが、先生にとっての「基礎からはじめる」ことの意味とは?

「ピアノを習い始める前の子供は、芽が出たばかりの苗のようなものだと思います。どれだけ伸びる才能を持っているかわからないので、先生の責任は重大。ですから、指導の中で、絶対に基礎の落ちがあってはいけないんです。そのためには、どんなテキストを使おうと、どれだけテキストの曲をスキップしようと、指導者自身が、『これだけは大切だ』とわかっていることが大事ですね。初期指導の基礎というと、楽譜の読み方や指の動かし方などテクニック的なことを思い浮かべがちですが、講座では更に基本的なことについてお話しています。 

例えば『音』。日常の中で聞こえてくる音が、高いか低いか、軽いか重いか、柔らかいか、優しいか、冷たいか・・・ピアノを弾き始める前に、『音』ってどんなものなんだろう、ということについて一回は考えてみる、これはとても大切です。世の中に存在する様々な『音』の中の一つに、ピアノの音がある、ということを一番初めに理解していれば、生徒の持つ音のイメージの世界に広がりが出てきます。逆に、『この曲はこういうイメージで弾きなさい』といってしまうと、その生徒の個性は育ちません。優しい心は優しい音、決心している心ははっきりした音...など、その子自身の心の状態や五感、全てに『音』というものを結びつけながら、成長して行ってほしい。こういった所からスタートすれば、本当の意味で『基礎からはじめる』ことになります。」

目の前のテクニックや表現の練習だけでなく、長期的な目で生徒の成長を考えるというわけですね。

「そうですね。私は目標を、必ず近未来よりは少し遠くに置くようにしています。生徒に曲を与える時は、その曲の次、次の次にどういうことが出来るかを考えて選んだり、遠回りしているように見えても、長期的に見ると成長が早くなる指導法を模索します。これは、常に過去・現在・未来の時系列で成り立っている、音楽的なものの考え方と共通していますね。

初心者の子供を教える時には、初めにその子の手の形の絵を描いてあげる所から始めます。そして、手の筋肉が硬くなる様子や指の開き方などを観察させたり、触らせたりすることで、まず自分の手に興味をもってもらう。

この様に、自分の気持ち、スコアや音の面白さ、手の造り...全部生徒自ら興味を持つところから始めて、自分の問題として見つめていけるように導きたい、というのが私の考えです。ですから、初めのうちはあまり進まないのですが、こういう風にピアノに入っていく子は大抵はみるみる伸びて、2年ほどでソナチネを弾いていることが多いですね。」

2年でソナチネとは、すごいですね!
ところで、先生はステップアドバイザー派遣委員長を務めるかたわら、ご自身もこれまでのアドバイス回数が60回以上というご活躍ぶりですが、ステップのメッセージ用紙を書かれる時もそういった、長期的な目で見たアドバイスをされるのでしょうか?

「いえ、ステップでメッセージ用紙を書くときは、遠回しな表現ではなく、相手に伝わりやすい普通の言葉で書くことにしています。内容は、出来るだけ具体的な練習法や、すぐに演奏の役に立つようなアドバイスを、例えば、最後の音を間違えた子には、『最後の小節・段だけ弾く練習をしましたか』とか、速く弾くパセージで指がつっかえたとしたら、『こういう指の練習をしてごらんなさい』という風に。

お絵かきやお習字は、上手にかけたら額に入れて飾ってしまえば良いわけですが、ピアノの場合はそうも行きませんね。ところが、ステージで演奏をした時の音と言うのは、弾いた人、聴いた人、それぞれの記憶に残ります。そして、ステージ経験を重ねるごとに、頭の中にこれまで弾いてきたステージの、音の展覧会が出来るわけです。そうすると、自分のたどってきた道がわかって、お稽古の励みになって、目標になる。更に、そのステージでの反省や、アドバイザーからのメッセージが、次の練習・演奏に繋がっていくんですね。」

「音の展覧会」...素敵ですね。ピアニストとしても、ずっと精力的に演奏活動を続けていらっしゃった林先生ならではのお言葉かとも思いますが。

「そうですね。ただ私自身、ずっと昔からピアニストを目指していたわけではなかったのです。ピアノとソルフェージュは4歳からしっかり学びましたが、戦争ですべて中断。その後も好きで引き続けたものの、専門家になるなんて想像もしていなかった。高校1年の時、勧めてくださる方があって、音楽家学問か進路に迷いました。実は私、昔は無口な女の子だったんです(笑)。それで、青臭い話なんですけど、『言葉というものは、自分の気持ちを表現しつくしてくれないけれども、音楽ならもっと色々と伝えられるんじゃないか』、そう思って、音楽の道を志すようになったんですね。

大学に入ってみると、周りは音楽高校出身の人が多かったので、『これはいけない』と思って、一生懸命勉強しました。それこそ、平均律を2週間で1曲マスターする、などというものすごい勢いで。親の反対を押し切って音楽の道に進んだので、必死でしたね。ですが、曲に対する自分の憧れが音になって、お客様と共感できる、それが嬉しくて演奏が好きでした。その後どんなに辛い時も勉強は続き、今でも、明日の自分を楽しみに弾いています。」

では最後に、最近のピアノ演奏・指導について感じられる問題点などはありますか?

「一つ例を挙げるなら、他の人やCDの演奏を真似して弾く人が多いということですね。幼児教育の段階ではある程度は仕方ないのですが、曲が大きくなって来ると真似だけでは難しくなって、それで伸び悩む人を見ると心が痛みます。

誰かの真似をするよりは、まず譜面をじっくり見ることが、曲そのものが何を求めているかを知る一番の方法だと思います。私は楽譜を見ると、おたまじゃくしが『こう弾いて』と言って来るような気がして、曲の表情を自然に思いつくので、譜面のコピーを絶えず持ち歩いて読んでいます。そして最終段階では、それまでどんなに練習や緻密なアナリーゼを積み重ねたとしても、あまり理屈は言わないで自分の感じたものを音にしたい。ひらめきは向こうからやってくる方が嬉しいですね。

ひらめきの源泉は人間性です。文明が置き去りにした五感を磨き、感動する心を持つ子供を育てるには、豊かな言語生活をご家庭と先生に心掛けていただくこと。これをお願いして、講座は終わります。」

ありがとうございました!

子供にピアノを教えるというのは、何もピアノの弾き方だけを教えるのではない。ピアノを通して心や感性を豊かにしてあげてこそ、本当の意味で生徒を「育てた」と言えるのではないか。ピアノ指導者という職業の責任の重さと同時に、音楽指導の奥の深さを感じさせられたお話でした。そして、ほんわかとした柔らかい雰囲気の中にも感じる林先生の芯の強さは、ピアニストやピアノ指導者という職業と真剣に向き合ってきた中で養われたものなんだろうな...と思いました。

⇒林苑子先生のプロフィールはこちら
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