リサーチ・アソシエイト

大学における音楽の学びのあり方/熊谷優海香さん

2016/10/05
大学における音楽の学びのあり方

熊谷優海香(慶應義塾大学法学部3年)

はじめに

「音楽大学か、一般大学か。」
日本の中高生が進路を考える際、こうした選択にぶつかることは少なくない。筆者もその一人だった。それまでピアノを学んできた彼らが『進路選択』という壁を目の前にしたとき、自分とピアノの関係性を今後どう構築していくべきか、途方に暮れることがある。"音大に行ってピアノをより深く学びたいと思う反面、全く新しい分野にも触れてみたい。一般大学に進みたいが、今まで頑張ってきたピアノの経験も活かしたい。音楽と他の学問を、どちらに偏ることなく同じように学べたらいいのに......。"音楽との新しい関わり方を考えたとき、日本にはどのような選択肢があるのだろうか。
本レポートでは、一般総合大学も含めた、大学における音楽の授業の実態を調査し、そこでの音楽の学びの可能性を探った。

アメリカの大学における音楽の実態
ハーバード大学構内のコンサートホール

日本の大学で音楽を学びたいと考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは音楽単科大学への進学だろう。しかしアメリカでは近年、リベラルアーツ型の大学が主流となっており、一般大学において文学部や社会学部、理工学部とならんで音楽学部が設置されている。そこでは音楽史や音響学といった理論だけではなく、ピアノレッスンなどの実技の授業も開講されており、日本でいう音楽単科大学の授業に近いところがある。例えば、名門大学として知られるハーバード大学には音楽専攻があり、対して「西のハーバード」と呼ばれるスタンフォード大学には音楽学部が存在する。そこでは全学生に対して総合的に音楽を学ぶ機会が開かれており、なかには有名コンクールで上位入賞するような学生もいる。(参考:菅野恵理子『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる』)。

アメリカの大学における音楽学部の歴史は約150年と、それほど古くはない。リベラルアーツ自体の考えは古代ギリシアの「自由七科」を起源とするものであり、「人を自由にする学問」として文法学・修辞学・倫理学、算術・幾何・天文学・音楽の7つが挙げられている。それらを広く学ぶことで、専門的な知識や技術の習得ではなく、幅広い分野に共通する一般教養を身につけることを目的としている。アメリカの大学に音楽学部が設置されるようになったのは、この考え方が認知されるようになってきた頃だと思われる。

日本の一般大学における音楽の実態

近年、日本でもリベラルアーツの考えに基づき、学部編成やカリキュラムの再編をする動きがみられる。東京大学教養学部や国際基督教大学(ICU)などはその例で、特に国際基督教大学は音楽を専攻科目として学士課程を取得することが出来る。

学部学科や専攻としての音楽がない総合大学でも、一部の大学では多様な音楽の授業を受けることが出来る。
例えば筆者が所属する慶應義塾大学での音楽の授業を調べてみると、春学期だけで15個開講され、また講義形式のものだけでなく、実技を伴う授業があることが分かった。

春学期 授業開講一覧

当大学では、主に1・2年次に音楽の授業を受講することが出来る。卒業に必要な単位比率は学部や学科によって異なるが、法学部では、文学や倫理学などの人文科学科目、数学や生物などの自然科学科目、政治学などの社会科学科目をそれぞれ8単位ずつ取得することが必要とされている。音楽は人文科学科目に含まれており、最大で8単位分を卒業必要単位として取得することが出来る。以下にその単位比率のグラフを用意した。

グラフ

他にも、愛知県にある金城学院大学は、2013年に音楽芸術学科を文学部のなかに新設した。一般大学でありながらも音楽単科大学のように個人レッスンを受けたり、セントラル愛知交響楽団との共演の機会を得ることができたりと、音楽を専門的に学ぶことの出来る環境が整っている。下に、全学部生ならびに音楽芸術学科の学生に開講される、音楽の授業一覧を用意した。

春学期授業開講一覧

音楽大学と一般大学との垣根を越えて

さらに、こうした一大学内での音楽の授業にとどまらず、一部の大学では「単位互換」という制度を利用することで、一般大学にいながらも音楽大学の授業を受けることが出来る。
東京多摩地区にある国際基督教大学、国立音楽大学、武蔵野美術大学、東京経済大学、東京外国語大学、津田塾大学の6大学が提携する、大学協力機構TAC(多摩アカデミックコンソーシアム)では、大学間で単位互換制度を行っている。

図

東京音楽大学と上智大学は大学間で協定を結び、2010年度から単位互換プログラムを開始した。「音楽単科大学に進んだが、一般大学の授業を取ってみたい」という希望、またその反対の希望も大きく、制度の利用を志す学生は多いようだ。所属大学において選考があり、決められた範囲での受講となるものの、普段受けることのできない授業や、それぞれの大学の持つ雰囲気に学生たちは刺激をもらっている。

東京音楽大学にて
武田真理先生・菊地麗子先生と

東京音楽大学で教授を務める武田真理先生(当協会理事)は、この制度を利用する学生も指導している。「東京音大の学生は普段から多くの時間とエネルギーを音楽に注ぎ、周囲と切磋琢磨しながら日々練習に励んでいます。このような制度を利用することで、音楽を軸に据えながらも色々な世界を知見し、自分の演奏にとどまらず、就活などでも広く通用する力と自信を身につけることが出来るのではないでしょうか」と武田先生は話す。

TAC加盟大学や東京音楽大学と上智大学のように、異なる特色をもつ大学同士の提携によって、日本でも多様な学びの機会が提供されていることが分かった。どちらかに自分の学問の軸を据えながらも、それだけにとどまらず、幅広い分野に触れることが出来るこの制度は、多くの人にとって魅力的に映ることであろう。

コラム 音楽大学から一般企業に

大学進学を考える上で気になることの1つが、その後の就職先。実は、一般企業への就職を決める音大生は少なくない。今年、武蔵野音楽大学ピアノ専攻からメガバンクへの内定を決めた学生(現在4年生)に就職活動に関してお話を伺うことが出来た。
「音楽大学で学んだ4年間は、一般大学にも引けを取らない武器になります。」一度決めたら絶対にあきらめず、最後まで取り組むことが出来る精神力は、日々音楽に向き合うなかで培ったものだという。たった数分間のために、何日も何日も同じことを積み重ねる大変さは、きっとピアノに関わる多くの方にとって共感できることであろう。それは企業側にも認めてもらえる、自身の大きな魅力となりうるのだ。

おわりに

今回の調査で、わずかながら日本の一般大学においても音楽を学べることが分かった。アメリカのように、多くの大学で音楽学科が置かれるようになるにはまだ時間がかかりそうだが、単位互換や大学間提携などを通して、多様な学びの機会が開かれつつある。
音楽を学ぶということは単に芸事の習得ではない。一曲をさらうにしても、作曲家の思いやその時代背景を汲み取り、それを咀嚼したうえで音にするという一連の流れがある。さらに、アスリートのような身体のコントロール、膨大な暗譜、客席への魅せ方など、非常に総合力が要求される行為なのである。そして、地道な練習をひたすら重ね、答えのないものに対して飽くなき探求心で高みをめざす精神力は、どのような局面においても通ずる普遍的な力だ。そのような考え方や力を、様々な学問体系や活動に応用出来る場である大学だからこそ、今こうしてリベラルアーツという形で音楽の需要が高まりつつあるのかもしれない。
学びの対象としての音楽が、もっと身近になることを祈ると同時に、本レポートによって中高生やその周りで支える先生方、保護者の方の、進路選択の一助となれば幸いである。

熊谷優海香

◆レポート
熊谷優海香(慶應義塾大学法学部3年)


ピティナ編集部
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