ロン・ティボー国際コンクール レポート

田村響さん、インタビュー(一夜明けて)

2007/10/30

結果発表から一夜明けた29日(月)、お昼をご一緒しながら、田村さんに今のお気持ちなどを伺いました。

tamura1029.jpg
まずは、改めて第1位おめでとうございます。今のお気持ちは?

T:実感が湧いていないのかもしれませんが、冷静に受け止めています。ただ、日本からもたくさんの友人・知人からメールや連絡が入り、それはとても嬉しいです。
今朝起きて、一人、自分に言い聞かせたのは、「1位になったから頑張るんじゃなくて、これまでも自分は心の底から音楽に向かって頑張ってきたし、これからも変わらず行こう」ということです。人間なんで、頑張っていれば絶対良い方向に進んでいくはず。それを信じて努力を続けていこうという気持ちでいます。

今回のコンクールで一番満足している演奏は?

T:やはり最後のラフマニノフ(コンチェルト)でしょうか。ピティナの特級でも、園田高弘賞でも、いつもこの曲を弾いてきました。母とも電話で、「この曲に何か運命的なものがあるのかもしれないね」と話したところです。
指揮者、オーケストラも、とても協力的でやりやすかったです。指揮者の方とは、特に音楽の波長がよく合うのを感じました。僕が何かコンタクトしたときに、淡々と音楽を進める方もいらっしゃるのですが、今回の指揮者の方はそれに反応して、さらに何かを返してくれるというタイプだったので、演奏していてすごく楽しかったです。

全体のプログラムを振り返るといかがでしたか?

T:フォーレと「O Bach」は新しい課題でしたが、それ以外は以前から弾いてきたものを組み合わせたので、音楽によく集中することができたように思います。どのラウンドもとても緊張しましたが、自分の音楽を出し切りました。
ファイナルのソロを弾いた「サル・ガヴォー」は、とにかくドライで、お客様も近く、何か弾いていて違和感のある会場でした。逆に、コンチェルトの「サル・プレイエル」はとても素晴らしいホールで、好きでしたね。

各ラウンド、どんな気持ちで演奏されていたんですか?

T:「気負ってもしかたがない。見てる人は見てくれている。伝わる人には伝わっている」と信じて演奏しましたが、今回、発表後にとても嬉しいことがありました。それは、スペインのソリアーノ先生が、「あなたの演奏は、休符のときに素晴らしい音楽がある」と仰ってくださったことでした。それは、ある意味で、自分の目指してきたことでしたから。
自分の音楽に、最後の瞬間まで、音のない瞬間まで聞き入ってもらう。自分の芸術に聴いている方を引き込む。そんな音楽ができればと思っていましたから、先生の言葉は感激でした。
後は、よくソアレス先生がおっしゃっていたのですが、「頭を使って、賢く、よく考えて」ということですね。それぞれの作品が持つ意味と、絶妙な芸術的エネルギー。それを大切に弾こうと思っていました。そのエネルギーを色々感じるために、これからもたくさんの曲を勉強してみたいです。

話題は変わりますが、現在、音楽以外にはどんなことに興味をお持ちですか?

T:音楽以外では、心理学や哲学にとても興味があり、今も哲学的な本を色々読んでいます。
15歳のときに、園田高弘賞コンクールで1位をいただいた後に、ソアレス先生が本をプレゼントしてくださったんです。それは、ちょっと哲学的な、精神に関わるような書物で、当時の自分にはまったく分からなかったんですが、その後、少しずつ興味がわいてきました。自分自身、すごく「弱い」人間だと思っているので、自分の精神をコントロールするにはどうしたらよいか、ということへの興味から、哲学、人生に関わるような精神的な本を読むのが好きになりました。

好きなピアニスト、尊敬するピアニストはいますか?

T:断然、クラウディオ・アラウ(1903-1991)ですね。アラウの音楽は、「生きてる!」という感じがします。生々しく、音楽があたたかく、呼吸しています。確かに、ヴィルトゥオーゾで鮮やかなピアニストはたくさんいて、そういう人たちに比べると、アラウの演奏は、重く、もさもさっとしているところはありますが、聞いていると心が落ち着くんです。
「アラウとの対話」という本も読みましたが、その中でアラウは、音楽以外の要素、人生経験や色々なことへの興味や、そういったことが蓄積し、自然と音楽にも出てくるというようなことを語っていて、とても勉強になりました。僕は、アラウのそういった考え方や、特に晩年の音楽に非常に共感していて、もちろん真似してもしょうがないですが、そういう方向性は目指したいと思っています。

よく、「20歳でまだまだ若いんだから、もっと若々しい音楽をすればいいのでは?」と言っていただくことがあります。もちろんアドバイスとしてはありがたく伺いつつも、でも、「20歳」というのもただ一つの基準で長さを数えたものに過ぎなくて、同じ20歳でも精神的に幼い人もいれば成熟した人もいるし、見た目も同様に皆違いますよね。だから、年齢は関係ないと思うんです。
「そういう演奏は、40代、50代になったらすればいいよ」とも言われますが、もし今死んでしまったら、それはできないわけです。今、僕はこういうスタイルの音楽をやりたいと思う気持ちを、未熟でも、一生懸命追求したいと思っています。

最後に、今の気持ちと、これからの抱負をお聞かせ下さい。

T:少し前まで、自分らしい音楽を貫いてよいものか、しょっちゅう迷って不安な時期がありました。けれど、今、一歩一歩確実に歩んでいけば、それでいいんだ、と確信しています。音楽も、一音一音、丁寧に確実にたどっていけば、必ず最後の音までたどりつける、それと同じです。けれど、そのためには、常に音楽を大切にする気持ちを忘れないで、自分の精神をコントロールしなければなりません。少しずつでも良くなっていけるように、さらに勉強を続けていきたいです。

コンクール1位といっても、それは今回たまたま僕がいただいただけで、参加者が変わり、審査員が変われば、また違った結果だったでしょう。ただ、どのように条件が変わろうと、「自分の音楽」というものだけは変わらないわけです。ですから、今あることに感謝しつつ、常に自分自身を高めていくしかないんだろうなと思っています。そういう意味で、もちろんすごく嬉しいですが、今は自分を驚くほどクールに冷静に見ることができています。

「ロン・ティボー1位」という肩書きはお墓までは持っていけません。僕が死んだあとに残るのは、僕の精神、僕の芸術。ですから、これからも命がけで、自分の芸術を高めていきたいと思います。それを皆さんにもあたたかく見守っていただけたら、嬉しいです。

ありがとうございました。本当におめでとうございます。


ピティナ編集部
【GoogleAdsense】