ルイのピアノ生活

第97回 デッペ/ヴォロドスのトルコ行進曲&Chopinata

2010/06/29

♪ 演奏
モーツァルト=ヴォロドス:トルコ行進曲   動画 動画:(YouTubeへ)
Clément Doucet:Chopinata  動画 動画:(YouTubeへ)
 

この前、少し不思議なことがありました。
ステップをアドバイスする為に徳島に行きました。ホテルに着いてベッドの上に横になって居眠りしてしまったのですが、起きると、頭の中にモーツァルト=ヴォロドス編曲 のトルコ行進曲がはっきりと聞こえました。以前に何回か練習したことある楽しい曲です。音が聞こえただけではなく、頭の中に楽譜が見え、自分が鍵盤を弾いているのもはっきりとイメージできました。最後にこの曲を練習したのは約2年前・・・かなりの難曲でした(汗)。でも、今回のイメージの中では鍵盤が軽くて、ものすごく楽々とスムーズに弾けるのです。「あ?ピアノってこんなに簡単なんだ!」と感じられます。ビデオのように頭の中の自分の演奏をゆっくり、または速く再生することができて、それは面白い経験でした。音や自分の手や体の動きが全部スローモーションで見えました。

ステップのアドバイザーをしてホテルに戻ってもまだ同じ曲が同じ様に聞こえます。翌朝目が覚めた時も・・飛行機に東京へ帰って時も聞こえました。家に帰ってすぐピアノに向うと、なんとイメージ通りに弾けるではありませんか!なんとも不思議な体験でした・・・。そこで「よし!次の連載はこの曲を録音しよう!」と決めました(練習にはイメージだけではなく一応ピアノも使いました)。

「不思議なことがあった」と書きましたが、これは実は不思議なことではありません。音楽や演奏を頭の中にイメージ・想像することはとても大切な練習です。私は昔先生に「鍵盤ばかり弾かないで、ピアノと少し距離をとって楽譜をじっくり読みなさい・・。」とよく言われました。でも、正直言って、その時は譜面をじっくりに読むことにあまり興味が湧きませんでした。とにかくピアノに座りたくて鍵盤を速く弾きたい気持ちで一杯で(先生ごめんなさい!)・・。でも、今は自分が教える立場になって、ピアノから離れて音楽をイメージすることの重要さがやっと分かりました。

ピアノを弾くのに最も大切な要素は脱力です。指の関節以外(!)にも身体全身を脱力することが大切です。脱力せずにピアノを美しく・気持ちよく弾けることはありません。

deppe.jpg

オランダの音大で色々の奏法や指導法を勉強しましたが、とても印象に残ったのはドイツの指揮者兼ピアノ指導者のルードヴイッヒ・デッペ(Ludwig Deppe1828-1890)です。

当時の演奏法は、指を独立させて強い指を育てる訓練だったのですが(実際シューマンが指を独立させようとして結局自分の手を壊してしまったことも有名な話)、19世紀後期にこうした強い指で鍵盤を叩く「ハイフィンガー奏法」に反発したのがデッペでした。肩から指先まで使う彼の奏法はメソッドとしては当時かなり革新的でした。既に腕を使っていたピアニストもいました・・例えばショパンが柔らかい手首や腕を使ってピアノを弾いていたことはショパンの曲を弾くとよく分かりますが、ただその時点ではまだ確立したピアノの奏法になっていなかったのです。

 

デッペの奏法では柔らかい腕や手首を演奏に使うことが基本です。
・手の形は指を鍵盤に平行にして
・指の力や筋肉より、自然な動きやエネルギーを使います。
「自由な落下」は鍵盤を叩かないで柔らかい腕の重みをしっかりした指を通して鍵盤に伝えることです。(実際には自由というより重みをコントロールして、重みを鍵盤に乗せて音を作ります)
・指はエネルギーを鍵盤に伝える役割があります。その役割をこなすのに十分な、強くて、繊細な指先を作ります。
・メンタル的に問題を解決します。1時間続けて弱い筋肉(345指)を訓練させて指を強くするより、頭と身体を使って全体で美しい音色を作ることに集中します。美しい音色をイメージして・・それに合わせて自然な動きを想像します。

デッペの奏法はカール・ツェルニーのメソッドの正反対でした。よく考えれば当たり前のことですが当時はちょっとした革命でした。日本の音大ではどの程度デッペの奏法を教えられているか分からないですが、もっと皆に知ってもらいたいと思います。チェンバロやフォルテピアノの奏法でピアノを教えている先生もまだいるようですが少し遅れていると思います・・・。

デッペの奏法の中にもう1つ面白いレッスンがあります。これは僕にとって最大のポイントなのですが「Keybedding」(鍵盤上で寝ている)といいます。

音を作るには一瞬のエネルギーが必要です。打楽器のようにハンマーが弦を叩くのは一瞬ですね!(学生達に聞いても意外と知っている人は少ないです・・)。一瞬に鍵盤にエネルギーを入れて、ハンマーが弦を叩く瞬間を繊細の指先で感じとります。そして、エネルギーを入れてからすぐに力を抜かないといけません。例えば、ハンマーの動きが10分の1秒だとしたら、10分の2秒目から脱力します。鍵盤に長く力を入れつづけるのがKeybedding。これは無駄な力です。時々生徒に僕の手の平の上で弾いてもらう事がありますが、大抵の人の押す長さ・力を入れる時間はいつも長過ぎます。手の平で弾いてもらうとすぐに分かります。

注意点は、鍵盤をすぐに放さなくてもいい、ということ。でも、鍵盤が元の位置に戻らないように鍵盤を押さえるにはわずかな力だけで十分です。一瞬のエネルギーだけを鍵盤に入れるのはピアノ奏法の基本だと思います。これは完全な脱力につながります。

ハンマーを一瞬弦に叩かせて、鍵盤からすぐ力を抜いてキーを軽く押さえれば、音が長伸びて長く歌えるようになります。鍵盤を強く叩く又は鍵盤に力を入れっぱなしにしておくと、音が立ち上がらず、響きが伸びないで音が「止まって」しまいます。弾き方を見なくても、音を聴けばどんな奏法か分かるほどですが、これが、レッスンの大きな課題になることが多いです。

ピアノから離れて練習の話に戻りましょう。ピアノの生徒が新しい曲を譜読みにピアノを使うと次の問題が現れます。音をイメージすることなく音を読んで・・鍵盤を探して弾いて・・。音をよく聴かないで鍵盤を押しながら次の音を読むと、腕に力が入ったまままた次の鍵盤へ移動することになります。これでは最初の譜読み段階では脱力が出来ず、悪く言えば無駄な力を入れたまま演奏することを訓練していることになります。

この問題を解くには2つの答えがあります。

1.音と音の間で脱力しながら譜読みして弾きます。
しかし、弾きながら動きながら聴きながら感じながら譜読みするのはとても忙しいですのでよ?く集中しないとダメ。いきなり譜読みしながら強弱をだして美しく弾こうと思うと、結構なストレスが出ますので、体がカチカチに硬くなります!

2.ピアノを使わないで譜読みです。
腕や指に負担がなくて、ゆっくりにリラックスしながら読めます。脱力しながら譜読みもできるし、音のイメージ力も高まります。

楽しいのは、1音1音をイメージしてから初めて実際にピアノから音を出すと実際の音や演奏に感動できること!そして、この練習なら時と場所を選びません。私は先週電車の中でシューベルトの曲を「譜読みで」練習しました。集中力は必要ですが、なかなか興味深い練習法です。

ところで、今回の連載のビデオの2曲はとても面白い曲です。「トルコ行進曲」の編曲者のヴォロドスはオランダでは大人気のピアニストで、結構ワイルドな演奏する人です(笑)でも、本当に驚くようなすごいピアノを弾きます。よく聞くおなじみの曲がとても楽しい編曲になっています。

もう1曲は Clement Doucet(ベルギー)編曲のChopinataです。(1927年)。この曲を初めて聴いたのはYoutubeで演奏はマルク=アンドレ・アムラン の演奏でした。最初から僕は「なんだこりゃ!」というようなリアクションでしたが、すぐ好きになりました。ショパンのポロネーズ、ワルツ、そして幻想即興曲のテーマを、当時流行っていたフォックストロットのリズムに乗せた曲です。編曲者のDoucetによる演奏もYoutubeで聴けますが、最近あまり聴くことがなくなった品(ひん)を感じられる素敵な演奏で、こちらも大好きです。

それでは、また!

ルイ・レーリンク


ルイ・レーリンク

オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。

NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。

ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp

【GoogleAdsense】
ホーム > ルイのピアノ生活 > 連載> 第97回 デッペ/ヴ...