ルイのピアノ生活

第64回 「宝泉院」にて/曲:J.S.バッハ 初歩者のための12の小さな前奏曲または練習曲g-Moll/BWV 929

2008/04/25
♪ 演奏
J.S.バッハ 初歩者のための12の小さな前奏曲または練習曲g-Moll/BWV 929
同じ曲を2回弾きます。1回目は17世紀のスピネットのレプリカ、2回目はモダンピアノです。
動画 動画:(3,21s)
 

私の街アムステルダムのとある商店街に小さな教会があります。
商店街は買い物している人々と、お店から漏れてくるポップスの音楽で賑わってい ます。でも、その小さな教会に一歩入るとそこは「別世界」。外は流行りの音楽と最 新ファッションで溢れていますが、何百年前に建てられたこの教会は昔のままです。 まるで時間が止まっているように感じます。ステンドグラスから漏れる光の筋、マリ ア様の像の前では誰かがロウソクを灯し、おばあちゃんが膝まづいて十字の前で祈っ ている・・・外の世界・時間の流れが段々遠くなっているように感じます。

信者ではなくても、この雰囲気をだれでも「味わうことができます」。神様に祈ら なくても、少しリラックスして頭や心臓のペースを少し下げて気分をリッフレシュす る事が出来る場所です。

外の世界にいることは高速道路で速いペースで走るのと似ていて、教会の中では高 速道路を降りて小さな田舎の道をゆっくり走って行くように感じます。ゆったりと時 間が流れる場所には心を癒してくれる効果があるように思います。自分の心の中に 「和」=「調和」や「平和」を見つけさせてくれる場所があります。

この数日間京都に居ました。私は京都が大好きで、何度か訪れましたが今回は桜と GWのちょうど合間の時期で、観光客が少なく、とても静かでした。大原の「宝泉院」 にはじめて行きました。ここではお茶を頂きながら、美しい庭園を眺めることができ ます。決して大きな庭園ではないですが、木や花や全てが1つの完璧な世界を成して いる庭園です。とても幸せにしてくれる場所です。

正座でお茶を頂きつつこの庭を眺めていると、庭園をぐるりと囲む竹林の後側の世 界は段々遠くに行ってしまうように感じました。そこの庭園の「世界」の時間の流れ が段々変わって来るのを感じました。なんとアムステルダムの僕の教会と同じよう に!外の世界を忘れて、庭園は自分の世界になってしまいました。700年の古い松の 木、小さな石庭、柔らかな緑色の苔、白とオレンジ色の愛らしいみつまたの花や、飛 び交う小さな虫までが、ひとつの完璧な世界を成しているのです。自分の目の前に完 璧に調和した世界があるのです。

私はお茶を頂いた後でも「宝泉院」からなかなか離れられませんでした。1時間ず っと庭園を眺めていました。すると鳥の声、風の音、水が一滴一滴落ちる音が段々違 って聴こえてきました。この庭園には面白い音の「遊び」もあり、ししおどしと、そ こから水が落ちると微かな美しい音を立てる「水琴屈」が2箇所にあって、それぞれ 一滴が落ちると「ド・ファ♯」の音が聴こえます。

花の香りをかいで、色々な音を聴き、美しい物を見たり、結構な物を味わえば、人 間の感覚は変わってくると思います。日本に来て、このようなシンプルな美しさを味 わうことが出来て本当に恵まれていると思います。今はとても幸せに感じます。

今回の連載ビデオは少し珍しいものになりました。同じJ.S.バッハの小曲を1回目は 17世紀のスピネットのレプリカ、2回目はいつものピアノで弾きました。スピネット もチェンバロもクラヴィコードも音はとても繊細です。庭園をずっと見て感覚が変わ るのと同じように、スピネットを弾くと耳の感覚が変わります。小さな音が段々立派 に聴こえてきて、スタインウェイの大きなフルコンに勝る表現の豊かさが聴こえてき ます!しかし・・・鍵盤が細くて小さくて、12度届く私の大きな手には、このような 楽器は少し繊細すぎるかも知れません!(笑)

高速道路を降りて、小さな田舎道を走ると周りの景色がよく見える・・今まで気づ いてない事に気付く。耳の感覚が少し変わってきて、新しいものが聴こえてきます。 このような楽器を弾くと「宝泉院」の庭園を見たり、アムステルダムの教会で祈るの と同じように感じます。
国や文化と関係なく、また頭や知識ではなく、「心で楽しむ」感覚です。

普段は古楽器を弾く機会がなく、演奏はお世辞にも上手とは言えませんが、是非こ の2つの響きを皆さんに伝えたいと思ってビデオを作りました。ピアノでバロック音 楽を演奏する際に当時の古楽器のようでないといけないとは決して思いません。仮に 「チェンバロのように」ピアノを弾く場合でも、攻撃的に弾くのは間違えだと思います。

この楽器の響きを聴くと、とても歌っているように聴こえます。少々意外なこと に、強弱を出せないはずなのに、とても旋律的な楽器です!是非楽しんで聴いてみて ください。

それでは、また!

ルイ・レーリンク


ルイ・レーリンク

オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。

NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。

ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp

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