海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

日本リスト協会、リスト音楽大学でマスタークラス&コンサート開催

2014/04/25
1

日本リスト協会、リスト音楽大学で
マスタークラス&コンサート開催


リスト・フェレンツ音楽大学正面

4月2日~5日、ハンガリー国立リスト・フェレンツ音楽大学にて「リスト音楽院協賛・第1回ブダペスト国際マスタークラス」が行われた。専務理事として日本リスト協会の創設を手掛けられている赤松林太郎先生(正会員)が、リスト音楽大学教授2名とともにマスタークラス講師を務めた。その様子をリポートする。


白熱したレッスンの様子

バール・ダヴィッド先生×梅田智也さんのレッスン

バール・ダヴィッド先生(Prof. Báll Dávid)は赤松先生とスペインの国際コンクールで賞を分かち合った仲間で、今回なんと11年目の再会だそうである。
バール先生は曲を大きく捉えながら細部を色づけしていく。例えば、まず原曲がどんな編成なのか(バッハ=ブゾーニ:「シャコンヌ」)、メロディの流れと同時にハーモニーの動きを感じること(リスト:3つの演奏会用練習曲第1番)、楽節によるキャラクターの変化を出すこと、ffsfzなどはどう弾くか、どんなキャラクターの音と捉えるのか。全て美しいのではなくてその中にもキャラクターの変化があることを発見すること(ベートーヴェン:ピアノソナタ第7番Op.10-3)、エネルギーの推移からテンポを維持すべき箇所と動かす箇所を見極めること(シューベルト『さすらい人幻想曲』)等、どの曲にも通じることを踏まえながら、各曲をエネルギッシュに創り上げていった。ご本人も最近まで国際コンクールに出場していただけあり、ピアノの実演にも説得力がある。


レーティ・バラーシュ先生×菅原望さんのレッスン

ハンガリー舞踊での男女のステップの違いを実演するレーティ先生。

レーティ・バラーシュ先生(Prof. Réti Balázs)は時代様式や作曲背景などを踏まえつつ、他の作品も引用しながら解釈を深めていく。「とてもいい演奏ですね、素晴らしいですよ」と褒め、さらに良くするための楽曲解釈を冷静に伝えていく。
バッハ=ブゾーニ『シャコンヌ』(菅原望さん)では、ハーモニー進行を確認しながら8小節で1つのフレーズを感じること、原曲はバロックであることを踏まえヴァリエーションは一定のテンポの中で性格を変化させること、和音の連結に意味を持たせること、左の和音連打はパイプオルガンを踏んでいるように、オーケストラの楽器を連想すること等をアドバイス。シューベルト『さすらい人幻想曲』(梅田智也さん)では、テーマとなるリズムパターン(第1楽章)は同じように書かれているが細かい変化にも注目すること、またそのリズムがベートーヴェンの交響曲7番2楽章に似ているほか、第2楽章の調性(嬰ハ短調)がベートーヴェンの月光ソナタ第1楽章を連想させる、など作曲家同士の関連性も浮き彫りにする。バルトークのルーマニア民族舞曲Sz.56(佐藤直孝くん)については、原曲の編成(弦楽器の曲が多い)、出版と校訂について(バルトークの息子が編集出版したものが多いので本人によるオリジナル版も見た方がいい)など基本をアドバイスした上で、ハンガリー民謡とルーマニア民謡の1拍目の違い、男女のステップの踏み方の違いなど、ダンスの実演!も交えて教えて下さった。


赤松先生のエネルギッシュなレッスン

赤松林太郎先生は雄弁な演奏と的確な理論を織り交ぜながら、歯切れよくレッスンが進んでいく。ベートーヴェンのソナタ第15番4楽章は、冒頭(p)はただ弱いのではなくしっかりとした大地に豊かなものが生まれていくことを意識すること、一つのモチーフをどう変化・発展させるかを考えること、転調へのきっかけとなる音を見逃さないように。リスト3つの演奏会用練習曲第1番は、ナイチンゲールの登場(右手)によって夜の情景を想定すること、左手で背景を創りだすこと、その感情の波の上に右手を乗せること。ショパンのバラード第1番は冒頭のナポリ六度で始まる驚きをもっと出すこと、オペラのように場面を切り替えていくこと、スケルツァンドは左手でキャラクターを作るように。ワーグナー=リスト『イゾルデの愛の死』ではイゾルデが死に救いを求めていたことが音型にも表現されていること、ffはただ強いだけではなく宇宙へ突き抜ける時に起こる摩擦のような熱さがほしい、等。スクリャービン『2つの詩曲』(梅田さん)では、「最も繊細な箇所はどこ?」と問いかけ、そこをディナーミクだけではなく、音に含まれる光の加減で表現していく。『さすらい人幻想曲』は第3楽章のテンポを少し上げて軽やかに弾き、第4楽章の栄光へと突き進んでいく。1か所のテンポを調整することで全体像をより際立たせる、鮮やかな指摘だった。

心身ともに成長した演奏をコンサートで披露

同音楽学校に通うエレメール君(4/4交歓演奏会にて)

音楽学校の校長先生より、出演者全員にプレゼントが手渡された。

菅原さん&梅田さんのデュオ

ハンガリーの聴衆に向けてスピーチする赤松先生。2012年度グランプリ・菅原さんの紹介も(4/5修了コンサート)。

マスタークラス講師・受講生全員で。
右は通訳を務めて下さった桑名一恵さん。「ハンガリーはとても人が温かい国。ぜひ皆さんにハンガリーを色々知って頂きたいです」。

菅原さん、赤松先生、梅田さんの3人で。

Gigantic!なハンガリーのピザに舌鼓を打ちながら。赤松先生の国際コンクール爆笑武勇伝や、古今東西の名演・音源の話など、師弟の会話はどこまでも続く。

3日目にはモリナール・アンタル音楽学校生との合同演奏会が行われた。校長先生による学校紹介に続き、まずはハンガリー側の学生さんから。最年少小学校1年生から18歳までの5名が素敵なステージを披露してくれた。音とじっくり向き合い誠実なバルトークとコダーイを弾いてくれたバラーシュ・エレメール君(13)は春からバルトーク音楽学校へ通い、将来はリスト音楽院で勉強したいそう。

続いて日本人受講生へ。ステージ上で、「いつも何時間くらい練習していますか?」「将来何になりたいですか?」などの質問を受け、ドキドキしながらの受け答えに会場からは期待の拍手が。温かい雰囲気の中で、各自持ち味を発揮しながら演奏を披露した。最後は梅田智也さん、菅原望さんによるブラームスのハンガリー舞曲集1番・5番で会場は大いに盛り上がった。(通訳はブダペスト在住の桑名一恵さん)

また最終日にはリスト音楽院内で修了コンサートが行われた。4日間という短期間ながら、それぞれのペースで音楽も心も成長を遂げたようだ。初日のレッスン時よりはるかに充実した演奏を聴かせてくれた。またサプライズで登場した講師3名の演奏に、会場も一段と盛り上がった。レーティ先生はリスト、バール先生はバルトークの小品1曲で素晴らしい腕前を披露。また前日に引き続いて登場した赤松先生は、ヴェチェイ=シフラの『悲しいワルツ』を披露。ヨーゼフ・ヨアヒムの弟子であったヴェチェイ・フェレンツ(Vecsey Ferenc)がハンガリー民謡から着想したヴァイオリン曲を、シフラが超絶技巧を盛り込んで編曲した作品だそうで、大いに会場を熱くさせた。そしてコンサート終演後に「これからさらにリスト音楽院との絆を深め、このマスタークラスを大きく広げていきたいと思います」と英語でハンガリーの聴衆にも語りかけた。

現在赤松先生は全国各地で演奏・指導するほか、ピティナ公開録音コンサートの常連でもあるが、何とご自宅に録音スタジオを作り、年間100曲公開(!)を目標に録音を進めているそうだ。また過去の演奏家の音源を収録年・出版社まで正確に記憶しており、「こんな演奏もあったよね」と再現する様はまさに抱腹絶倒。文学、美術、着物、食、ワイン、あらゆるものへの好奇心は留まるところを知らず、今は移動時間を利用してオンラインで大学院の勉強もしているそうだ。また幼少の頃から夢であったスカルラッティとチマローザのソナタを収録したCD「ふたりのドメニコ」が、いよいよ今月発売された。

今回マスタークラスに参加した菅原望さん(2012年度ピティナグランプリ)や梅田智也さんも、師匠である赤松先生との会話から多くを学んでいるようだ。菅原さんは先生とともに見学したウィーンでも何かを感じたらしい。
「教会の柱を指して、『今これを研究しているんだよね』と仰っていました。先生の中では全てが繋がっているんですね。ツィメルマンなどのピアニストも、コンクールで優勝した後に哲学や心理学を勉強しているのですよね」と、柔らかいまなざしに一瞬火が灯った。

実は菅原さんが優勝した前日、北アルプスに登っていたという赤松先生。そのため1週間ほど先生とは連絡が取れなかったそうだ。生徒と絶妙な距離感を保ちながら背中で本気を見せる、そんな頼もしい師弟関係が垣間見えた。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】