海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

シュタイアー氏によるバッハ講座 (1)若手ピアニストに意識してほしいことは

2013/12/20
シュタイアー氏によるバッハ講座
(1)若手ピアニストに意識してほしいことは

12月7日(土)トッパンホールにて、アンドレアス・シュタイアー氏に
よる「若手ピアニストのための公開レッスン&レクチャー」が行われました(ドイツ語通訳:蔵原順子氏)。受講生は尾崎未空さん(高3・2011年福田靖子賞優秀賞)。フォルテピアノの第一人者として活躍するシュタイアー氏は、バッハをどう捉えているのか。それをどうピアノで表現するのか。バッハの音楽と表現の関連性についての講座を通じて、バッハの巨大かつ緻密な世界観が浮き彫りになりました。また音楽のアプローチの仕方や着眼点など、バッハ以外でも通用する勉強方法も参考になるでしょう。ここに当日の様子をリポートします。

1
キャラクターをどう捉えるか?~原点(舞曲)を踏まえてテンポを決める

繊細さと躍動感あるパルティータ1番の演奏を聴かせてくれた尾崎未空さん。シュタイアー氏は演奏を聴き終わり、楽曲の特徴やテンポのアドバイスをした後、前奏曲、アルマンド、サラバンドを中心にレッスンを始めた。

まずは楽曲の特徴から。「音楽の性格(キャラクター)をどう捉えるか」は音楽に向き合う時の基本姿勢であり、シュタイアー氏の話もまずここから始まった。パルティータ各曲は、当時隆盛を誇っていたフランスの宮廷で踊られていた舞曲がモデルである。ルイ14世を頂点とするルイ王朝時代は絶対王政であり、宮廷には様々な格式や厳格なルールが存在し、音楽も例外ではなかった。各舞曲に関しても、バレエ団のマイスターが振り子の動きを利用して厳格にテンポを決めていたそうだ。

例えばサラバンドはゆっくりとした動きの中に僅かに跳躍が入る(1拍目と2拍目の間)。シュタイアー氏はルイ・クープランやヘンデルのサラバンドなどを例に挙げて弾きながら、サラバンドにふさわしいテンポと表現を探っていく。またアルマンドはゆっくり落ち着いたテンポで「仕事から帰ってきて家の前に座り、ほっと一息ついているような感じ」というヨハン・マッテゾン(バッハの同時代人)の言葉を引用。またメヌエットには拍の取り方が2種類あること(メヌエットIは1・1・1、メヌエットIIは1・2・3)。こうした元の曲に関する背景知識、つまり曲の原点を知ることで、テンポの取り方がより適切になるとアドバイスした。

2
曲の基本構造をどう読み取るか?~構造から表現を導き出す

曲の基本構造をどう読み取るか。これは表現を導き出すための重要なアプローチである。今回は前奏曲とサラバンドを重点的に読み解いていった。

前奏曲は「ダイナミズムの構築が良いですね。この第1番だけでなく、パルティータ全体の扉が開かれる感じの演奏でした」とシュタイアー氏。その特徴をさらに印象づけるように、最後から遡って冒頭の表現を考えていく。「最後に一気に大きく世界に開き放たれる感じ」を出すために、冒頭3声はあくまで静かに内面を強調し、最後の7声になった時の高揚感を極める。和声の厚みが最初と最後で異なるアシンメトリーな構造は、シンメトリーが主流であった当時としては珍しいという。この点にもバッハの新奇性が見える。



◆譜例:第1番 前奏曲冒頭


◆譜例:第1番 前奏曲19-21小節


またサラバンドは特長的な冒頭2小節を強調し、後半は16音符を軽やかに進行させていく。前半・後半の対比を重視することによって、サラバンドの特徴がより際立ってくる。これも曲の構造から適切なテンポや表現法が見えてくる例だ。

◆譜例:第1番 サラバンド冒頭


3
楽章間の繋がりをどう読むか?~モチーフの発展させ方とは

楽章間の内的な繋がりも意識して頂きたいと、シュタイアー氏は言う。まず前奏曲―アルマンド。前奏曲の最後の上昇音階(F-G-A-B)が切り取られ、次のアルマンドで展開される。つまりアルマンド冒頭には前奏曲のモチーフが使われており、対位法の関係になっている。したがってこの2楽章間には大きな間は必要ないと考えられる。またサラバンドの下降していく旋律と、メヌエットIIの暗い色調のステップの繋がりにも着目してほしい。

これらは全て楽譜から読み取れることなので、ぜひ若いピアニストの皆さんには注意深く楽譜を見て頂きたい、とレッスンが締めくくられた。

◆譜例:第1番 前奏曲19-21小節


◆譜例:第1番 アルマンド冒頭



菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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