海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リーズ国際コンクール(10)第三次予選1・2日目&地元聴衆の声

2012/09/11
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第三次予選が9月9日から始まった。ブリテンのNight Piece "Notturno"以外は完全に自由曲。65分から70分以内のプログラム(最大5分間の休憩を含む)は心身ともに大変ハードだが、どのピアニストもまさに渾身の熱演を聞かせてくれている。会場の熱気もだんだんと高まり、三次予選初日は満席御礼。そしてグローバル・アンバサダーであるピアニストのラン・ランも来場!(同日夜にパリでリサイタルが予定されていたため、ほんの一瞬) というわけで、ボルテージの上がってきたリーズコンクール三次予選の様子をお伝えしたい。ここでは"A"、Artistryに注目してみた。もちろん簡単に言葉で語れるものではなく、一人一人定義も違うと思うが、何らかの新たな発見や気づきをもたらしてくれるもの、触発されるもの、意識が喚起されるもの(ざっくりとした定義で申し訳ないのですが)という点において、印象に残る演奏の中からいくつかピックアップしてみた。(写真はリール駅付近を流れる川)

ルイ・シュビーツゲベル(Louis Schwizgebel)は表情豊かでユーモアたっぷりのハイドンのソナタHob.XVI/50、ブリテン、シュルホフ"5 Etudes de jazz"、休憩をはさんでシューベルトのソナタD845。ブリテン、シュルホフの後においたシューベルトは、初期ロマン派の様式感を踏まえつつも、時代を超越するような新鮮味が感じられた。芯のある軽やかな打鍵は繊細かつ煌めきのある音を生み出し、弱音の中にも多彩な表情の変化がある。シューベルトを現代風に再構築したような演奏。プログラムの構成・配列・演奏ともに素晴らしいステージを披露してくれた。

アンドリュー・タイソン(Andrew Tyson)はハーモニーに対する鋭い感覚と、繊細かつ斬新な感受性をもって、ショパンの前奏曲Op.28一曲一曲に真っ向から向き合う。1曲目から独自の世界観が築かれており、その考え抜かれた表現は群を抜いていた。その感性はブリテンやデュティーユの前奏曲3番にも十分生かされていたように思う。その他スクリャービンのソナタ3番。

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一方、二次予選よりも生き生きした演奏を聴かせてくれたのはジェイソン・ギルハム(Jayson Gilham)。ベートーヴェンのソナタop.101はシンコペーション等から生み出されるエネルギーを推進力に、ブラームス「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」はテーマの扱いと発展のさせ方が丁寧な印象。
(写真はギルハムさんを囲んで、左が同じくオーストラリア出身のメーレン・マクラーレンさん、右は南アフリカ出身のフィリッパさん)

またジャン・ゾウ(Zhang Zou)のシューベルトのソナタD664、シューベルト=リスト「シェークスピアのセレナーデ」等で見せたリリシズム、また一次・二次予選同様に前奏曲等の小品を集めたサン(Jiayan Sun)のプログラム構成が個性的だった(リゲティ、ブラームス、ドビュッシー、ブリテン、バルトーク)。

ここで、地元の聴衆やボランティアの声を少しずつご紹介したい。

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●ボランティアの学生さん

会場内のボックスオフィスにて。リーズ大学音楽学科生(ピアノ専攻)や生物学専攻の学生さんのほか、マンチェスターのアーツ・カウンシルから週末のみサポートに来ている方も。とても和気藹々とした雰囲気。ちなみに皆さんが来ているリーズコンクール特製Tシャツは結構人気で、売り切れ間近だそう。

●ボランティアのサイモンさん(リーズ大学 数学学科教授)

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「ボランティアとしてこのコンクールに関わるのは2回目です。自宅にはプレイエルのグランドピアノがあり、日本の渡辺友理さんを始め、何人かの出場者が練習に来ていました。これはリーズでは唯一のプレイエルだそうです。兄弟は皆ピアノかヴァイオリンを習っていて、私はピアノを習っていました。このコンクールは地元の音楽文化向上に大いに貢献されていると思います。入賞者もリーズに戻ってきて、リサイタルやオーケストラとの共演だけでなく、リーズ市の合唱団と共演などもしています。私は今リーズ大学で数学を教えていますが、同僚にも音楽愛好家が多いんですよ。せっかくの機会なので、もっと若い聴衆が増えてくれるといいなと思います。ここのところ連日会場に足を運んでいますが、須藤梨菜さんの二次予選良かったですね。」


●聴衆のイアンさん(リーズ近郊在住)

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「1990年からリーズ国際コンクールを聴いています。皆さん本当に素晴らしいですね。今回は数年前に比べてプログラムがより自由になり、色々な音楽を聞けるのを楽しみにしています。新しい曲も知ることができました(リーバーマン等)。好きなピアニストはアンドラーシュ・シフ、ジョン・リル等です。」




菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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