海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リーズ国際コンクール(8)第二次予選3・4日目

2012/09/08
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第二次予選の結果はすでに発表されたが、ここで3・4日目の演奏を振り返ってみたい。第二次予選は30名が50分以上55分以下のプログラムで臨んだ。シューベルト、ショパン、シューマン、メンデルスゾーン、リスト、ブラームス、ムソルグスキー、ラフマニノフ、スクリャービン、ストラヴィンスキー、バルトーク、ドビュッシー、ラヴェル、グラナドス、アルベニスの作品・作品群を1曲以上含めことが課されている。
よく弾けている演奏は沢山あったが、その中から印象的な演奏や自分なりの解釈が感じられた演奏をいくつかピックアップし、3つの"I"、In-depth(徹底した解釈)、Imagination(想像力)、Individuality(個性)の観点から振り返ってみた。
(写真は会場のリーズ大学Great Hall横にある可愛らしい庭。その奥に教会が見える)



●In-depth (interpretation)

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ルイ・シュビーツゲベル(Louis Schwizgebel、スイス・24歳)はバッハのパルティータ1番、リスト巡礼の年第1年「スイス」より「オーベルマンの谷」、ホリガー「エリス」、ラヴェル「夜のガスパール」。パルティータ1番は繊細な打鍵で、各曲に表情をつけていく。サラバンドでは音のテクスチュアを幾重にも変化させ、メヌエットは軽やかな躍動感のあるバス音で音楽全体に弾みをつける。ジーグは鋭いリズムを際立たせ、繰り返しでさらにそれを強調し、パルティータ全体を堂々と締めくくった。アーティキュレーション一つ一つに着目した過程が感じられる、表情豊かな演奏だった。リストは自然な音楽の運びと音色の選択が秀れている。ホリガーは弦の振動も含めて様々な音響の世界を描いていく。その音の粒子が次第に形になったような入りのラヴェルのオンディーヌ。絞首台は冷気や不気味さといったイメージも欲しいが、スカルボはペダルを多用せずにフレーズを断片化し、それがいたずらに戯れる小悪魔の存在を感じさせた。いずれも音色や間の扱いが巧みで、曲に奥行きを与えている。印象に残るプログラムの配列と演奏。

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フェデリコ・コッリ(Federico Colli、イタリア・24歳)はシューベルトの即興曲op.142-2、ベートーヴェンの熱情ソナタ、ラヴェル「夜のガスパール」。シューベルトはやや速いテンポながら和声の変化をしっかりと意識し、その中から美しい旋律が浮き上がらせる。ベートーヴェンも内面深くでこの曲を受け止めており、決して外面的な熱情の表出ではなく、様式感と節度をもってこの曲が求める熱情の表現を試みている。ラヴェルにはもう少し揺らぎがあってもよいと思ったが、スカルボ後半は、スカルボが変幻しながら次第に姿を現してくるような表現が見事だった。全体として正統派で様式感を踏まえた演奏。さらにその中に潜む精神性がむき出しになる瞬間もあると、なお生き生きとした感情が伝わってくるように思う。


●Imagination

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シンユァン・ワン(XinYuan Wang、中国・17歳)はハイドンのソナタHob.XVI/49、シューマンの謝肉祭、スクリャービンのソナタ5番(時間切れ)。どの曲に対しても落ち着いたテンポと呼吸で、奇をてらわず余裕をもって音楽を進めていく。テンポ、音色、音のテクスチュアや軽重、フレージング、間といったものをごく自然に音楽に生かしている。何を強調するわけでもないのだが、各曲の中にある面白みや妙味を自然に引き出し、結果として起伏のある表情豊かな音楽になっていた。ただプログラム構成が明らかに時間オーバーのため、最後のスクリャービンは1分強で時間切れとなったのが惜しい。

アンドレイ・オソキンズ(Andrejs Osokins、ラトヴィア・27歳)はハイドンのソナタHob.XVI/34、バルトーク「戸外にて」、ドビュッシー「版画」、リスト「ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲」。ハイドンは一次予選のバッハ同様、ppからmpほどの幅の狭いディナーミクと抑制された音質で、細かい表情を出していく。響きの余韻にもう少し意識を向けるとドビュッシーにもより繊細なニュアンスが出てきそうだ。リストは冒頭から印象づける。全体的に重さを排除し、物語の筋となる旋律とその背景が奥行きを持って表現されていた。心理描写とまでではないがストーリーは見えてくる。


●Individuality

ジアイェン・サン(Jiayan Sun、中国・22歳)はベートーヴェンのバガテルop.126、ショパンの前奏曲op.28。一次予選ではベートーヴェンのソナタにラフマニノフの前奏曲6曲を組み合わせており、小品の組み合わせで大きなタペストリーを構想する。ショパン前奏曲はその曲が持つ要素を強調しながら、数曲ずつを1単位と捉えてさっと描いていく。美しい瞬間もあるが、間の取り方やディナーミクを自然に、さらに和声の透明感を高めていくと、各曲の美しさが引き立ってくるのではないかと思った。


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ところで、今回のリーズコンクールには日本から数名の方が見学に来ている。今回は中田美紗子さん(洗足学園大学院1年)のコメントをご紹介。
国際コンクールを見学するのは初めてです。一次予選2日目から二次予選最終日まで聴きました。今勉強中なのですが、演奏する意義というものを考えさせられました。皆さんそれぞれ方向性をしっかりと持っていることがよく感じられ、とても勉強になりました。人を導けるような音楽ができるようになればいいなと思います。個人的にはショーン・チェンさんの一次予選の演奏が好きです。 (プログラムに関して)大きな組曲を2曲合わせて1時間、等というプログラムの組み方をされる方もいて、素敵だなと思います」。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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