音楽における九星

第一部<第14回>冲I―巳歳の謎

2018/02/10
◆ 第一部
<第14回> 冲I―巳歳の謎

支合と三合が十二支の和合的な結び付きであるのに対し、対立・反目を象徴する「ちゅう」は、自分の反対側に位置する干支を指します。12時と6時の関係です。

亥歳生れの私は巳歳が冲にあたりますが、この度、自分が演奏してきた作曲家を振り返ってみて、巳歳生れが極端に少ないことに気付き、愕然としました。

毎日の初見曲などは別として、私がこれまで人前で弾いた作曲家は200人を超えている筈です。昨年ピティナで公開した演奏録音「ピアノ・ブロッサム」だけでも、ショパン世代の作曲家100人を取り上げています。しかしながら、この1810年から1819年に生れた人たちは、午歳から卯歳にあたっていて、巳がいないのです。

考えてみますと、自分の意志でコンサートを行った巳歳作曲家は、エーデ・ポルディーニ(1869-1957)とカール・アマデウス・ハルトマン(1905-1963)の2人しかなく、弾かざるを得なかったバルトークを加えても、たった3人です。これは異常な数字です。

その一方で、私の人生のさまざまなシーンにおいて、転機をもたらしたのは、なぜか巳歳の人ばかりです。10代前半の次期にお世話になった宮沢明子先生を初め、青年時代の私の大きな感化を与えた方が何人もいます。中には旅先で出会い、私に方位を知っておくように、と方位表を渡してそれきりの人もいます。また前衛音楽と作曲に夢中だった私に、ピアノの素晴らしさを開眼させてくれたエゴン・ペトリ(1881-1962)も巳歳です。

こうした「導きの星」として登場する巳歳の人は、不思議にも親交が長く続かず、間もなく亡くなられたり、何となく疎遠になってしまう点で共通しています。

作曲家や対人関係における冲については、特に意識しなかったため、私の体験が他の人にも当ては嵌まるのかどうかわかりませんが、冲の作曲家を取り上げるにあたっての、理解や表現上のリスクは、さしあたり無さそうです。

まさかショパンやシューマンを弾くピアニストに子年生まれが少ない、ということはないように思いますが、この"まさか"が曲者で、実際に集計してみれば、意外なデータが得られるかもしれません。

一つ関連して思い出すのは、かつてある占星術師から聞いた「巳寅申みとらさる」という言葉です。寅と申が元々冲しているところへ巳が加わると、運気の暴発を生じるというものです。

この3つの干支でトリオを組むと決裂するのか、巳と申(支合)の夫婦が寅歳に危機を迎えるのか、確認できませんが、そうであったとしても、天に祈り、慎重に注意を払うことで、トラブルを回避することは可能でしょう。 (2018.1.20)

<対冲図>

◆この連載について
作曲家でピアニストの金澤攝氏は数千人におよぶ作曲家と、その作曲家たちが遺した作品を研究対象としています。氏はその膨大な作業に取り組むにあたって、「十二支」や、この連載で主にご紹介する「九星」を道しるべとしてきました。対人関係を読み解く助けとなる九星は、作曲家や、その人格を色濃く反映する音楽と関わるに際して、新たな視点を提供してくれるはずです。「次に何を弾こうか」と迷っている方、あるいは「なぜあの曲は弾きにくいのだろうか」と思っておられる方は、この連載をご参考にされてみてください。豊かな音楽生活へとつながる道筋を、見出せるかもしれません。 (ピティナ読み物・連載 編集長)
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