会員・会友レポート

音楽における九星 第一部 <第ニ回> 五行と九星

2017/10/06
「音楽における九星」金澤攝
◆ 第一部
<第ニ回> 五行と九星

「モーツァルトやベートーヴェンに比べると、バッハはそれ程好きではないんじゃありませんか」
「実はそうなんです」

「ドビュッシーよりはラヴェルにシンパシーを感じられる筈ですが」
「その通りです」

「プロコフィエフよりショスタコーヴィチのほうが面白いと思うでしょう」
「そりゃそうだよ」

以上は日本のクラシック界の各分野で要職にある人たちと私が実際にかわした会話です。今にして思えば、彼らの返答ぶりも象徴的なのに驚きます。生まれ歳を聞いた上でのこうした判断は九星の知識と多少の洞察力があれば、難しいことではありません。ではその原理を説明していきましょう。

「九星」は東洋占星術の根幹とされる「五行説」に由来しています。その起源やルーツは関連書を当って頂くとして、「五行」とは自然を構成するとされる五つの要素、木・火・土・金・水もくかどごんすいを指します。一週間の曜日から日と月を除いたもの、と考えればわかり易いでしょう。これらの五つは季節において春・夏・土用・秋・冬と表され、他にも方位・五臓・五味・五穀など、多くのものに対応しています。

各要素はじゃんけんのような関係にあって、それぞれがどれかから生れ、どれかを生み、どれかに勝ち、どれかに負ける仕組みになっています。言い換えると「自分」に加えて、「親」」「子供」「自分が責める相手」「自分が責められる相手」が存在します。ところが、「親の親」は「責められる相手」で、「子供の子供」は「責める相手」に該当することになります。

先の「木火土金水」は、その相生そうしょう関係を示すもので、要するに木から火を生じる(木生火)、火は燃え尽きて土を生む(火生土)、土の中から金属が発掘される(土生金)、金属は冷えると水滴を生じる(金生水)、水は木を育てる(水生木)という循環が成立します。丁度五人が手を繋いで輪になっているようなもので、人間は「自分」とその両隣りにいる人とは気が通じ易いのですが、接点のない向う側の二人のことがよくわからないのです。

そこで、自分が抜けて、左右にいる人を直接繋ぐと、今度は衝突します。このように一つおきには「相剋そうこく関係」が生じ、木は土の養分を奪う(木剋土)、土は水をせき止める(土剋水)、水は火を消す(水剋火)、火は金属を溶かす(火剋金)、金属は木を切る(金剋木)というサイクルができます。そしてこの五行のいずれかが毎年巡り来て、その年に生れる人間の本質としてプログラムされ、対人関係のさまざまなドラマが展開する訳です。

五行なのに五年で一巡せず、「九星」の名の如く、九年に分布されて回るところに深い神秘を感じます。その名称が一白水星いっぱくすいせい二黒土星じこくどせい三碧木星さんぺきもくせい四緑木星しろくもくせい五黄土星ごおうどせい六白金星ろっぱくきんせい七赤金星しちせききんせい八白土星はっぱくどせい九紫火星きゅうしかせいで、水と火は一つ、木と金は連続して二つ、土は間に挟まる形で三つも存在します。

この連載について

作曲家でピアニストの金澤攝氏は数千人におよぶ作曲家と、その作曲家たちが遺した作品を研究対象としています。氏はその膨大な作業に取り組むにあたって、「十二支」や、この連載で主にご紹介する「九星」を道しるべとしてきました。対人関係を読み解く助けとなる九星は、作曲家や、その人格を色濃く反映する音楽と関わるに際して、新たな視点を提供してくれるはずです。「次に何を弾こうか」と迷っている方、あるいは「なぜあの曲は弾きにくいのだろうか」と思っておられる方は、この連載をご参考にされてみてください。豊かな音楽生活へとつながる道筋を、見出せるかもしれません。
(ピティナ読み物・連載 編集長)


ピティナ編集部
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