たたかえカンガルー

第06回 グレードが熱い!AMEB

2008/03/26
前回はABCというオーストラリアの国営放送局が、いかにしてオーストラリアという国の音楽文化構築に貢献したのかをお伝えしましたが、今回はもう一つの柱ともいえる、この国の音楽教育の現場に欠かせないグレード制度について取り上げたいと思います。
◆グレードの威力?勢力?in オーストラリア

ある日曜の朝、私はシドニー郊外のアパート管理人のピアノを借りて、久しぶり演奏を楽しんでいました。弾いていたのはショパンのノクターン。そこへやってきた小学生の子供を持つ近所のお母さんが「いい曲ですね。今、何級ですか?」と突然聞いてこられました。続けて、私の子供は今グレード3級でどうのこうの...と話し出すので、私が「グレードって何のグレードですか?」と尋ねると、そのお母さんは「えっ...グレードは...グレードですよ」と、まるで私がヘンな質問でもしたかのような顔で答えました。その時初めて私は、「どうやらこの国には『○○のグレード』と言わなくても通じるほど幅を利かせた何らかのグレード制度があるらしいぞ」ということに気付きました。じつはそれ以前にも楽譜屋さんなどで、何度も「Grade 5~6」などと付された楽譜を目にしていたのです。

日本ではピアノの「グレード」と言えば、ヤマハやカワイといった大手の楽器店または地域団体の主催するグレード制度などがいくつも存在します。それぞれのグレード試験には独自の特性があります。ピアノ指導者の先生方には、生徒たちに明確な目標を持たせたり自分の実力を測らせる手段として、コンクールとともに、そうした試験を利用される方も多いと思います。生徒の間では、友達同士で自分のレベルを示すのに、コンクールやグレードの話をするかもしれません。「ピティナのコンペティションではD級を受けた」とか、「ヤマハグレードでは7級をとった」などなど。でもオーストラリアでは、どうやらただ単に「○級だよ」というだけで当然のように通じるグレードがある様子・・・。

第6回-1
楽譜店のAMEBテキストコーナー

それがAMEB(Austraian Music Examinations Board)の認定するグレードだということを知ったのは間もなくのことでした。私の所属する大学院の地元学生が教えてくれたのです。現在このグレードは、先生・生徒・保護者の間で共通言語のように語られるほど浸透しているばかりでなく、AMC(連載第4回で紹介)で公開されている「オーストラリア作曲家によるピアノ曲データベース」にも、1000曲を越えるそれぞれの作品に「グレード○級程度」という情報が付されています。つまり、オーストラリアの人たちは、弾く曲を選ぶときなどに難易度を測る共通のバロメーターを持っているのです。
AMEBは1918年に全国規模の団体として発足。もとは大学の研究者たちが母体となる団体を作っていました。イギリスの英国王立音楽検定ABRSMをほぼそのまま踏襲したと思われる8段階システムは、広い国土をまたがり、連邦と各州レベルの音楽教育の権威が連携し綿密に練り上げ、独自の体系的グレードシステムとして機能するようになりました。

◆AMEBグレードとは

わかりやすい8段階設定、理論と実技のそれぞれにグレードが設定されている点などは、イギリスのグレードとそっくりです。ですがAMEBでは、課題曲に自国オーストラリア人の作品を取り入れているところが特徴的。グレインジャー、スカルソープ、サザーランド、カッツ=チェルニン、スィッツキー、ウィリアムソンといったAU作曲家作品は、グレード試験の課題曲となることで、多くのピアノ練習者のレパートリーとして親しまれているようです。実技試験にはスケールやアルペジォの課題、初見演奏や一般的な音楽についての口頭試問が含まれています。数字が高くなるとレベルもあがります。例えばグレード1の課題曲にはシューマンの子供のためのアルバムから5番「小曲」、グレード3ではJ.S.バッハのフランス組曲やブルグミュラーの25練習曲の「清い流れ」等が課題曲に含まれ、グレード8ではベートーヴェンのソナタやショパンのノクターン、シューベルトの楽輿の時などが入ってきます。

第6回-2
グレード情報が満載の要綱
『シラバス』07年版

また、オーストラリア老舗の楽譜出版社アランミュージックから各級の課題曲集が出され、その楽譜はピアノ教育のための良質なテキストとして使用されています。楽譜店の一角には、そのテキストコーナーが設けられています。

グレードの浸透力が強ければ、それだけ「認定資格」としての効力も発揮します。最高ランクのグレード8を終えると、さらに上位のAmusA(Associate diploma in Music, Australia)やLmusA (Licentiate diploma)というプロとしての指導者や演奏家にふさわしい権威あるグレードがあります。オーストラリアのプロたちは、公式のプロフィールにそうしたAMEBの認定を載せています。ちなみに、日本の作曲家、武満徹の「雨の樹素描II」がAmusAの課題曲に入っていました。

次回は、AmusAの資格を実技・理論の両方でお持ちの音楽家にインタビューします!


飯田 有抄(いいだありさ)

音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。

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