第10回 「子ども脳」がもつ無限の可能性
連載10回目となりました。これまで取材した中で、フランスの子ども達の聴く音楽の多様さ、複雑さが印象に残っています。子どもにも大人と同じような曲を、楽しいストーリーや動きのある劇にのせて聴かせる、といった工夫が随所で見られました。バロック、古典、ロマン派、近現代曲のほか、中世の教会音楽、インドやアフリカ民族音楽、ユダヤ音楽、フランスのシャンソン等々。 こうした多彩なリズムやメロディ、フレーズ感は、文化や民族の多様さ、そして世界の広さを直感的に伝えてくれます。 では果たして、子どもの脳にはこうした音楽を受けとめる能力が備わっているのでしょうか? |
今回は感性アナリストの黒川伊保子先生にお話を伺いました。黒川先生は1980年代にAI(人工知能)開発に携わり、その後世界初の語感分析法である『サブリミナル・インプレッション導出法』を開発した、感性分析の第一人者。随筆家としても活躍され、近著に「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」(新潮新書)、「しあわせ脳に育てよう」(講談社)など。また本格的な競技ダンスや、ヴィオラ奏者のプロデュースをされたこともあるそうです。
今回は「子どもの聴く力」について、やわらかくリズミカルな口調で答えて下さいました。
◆ 子ども脳こそ、一流のものを!─ 子ども脳の驚異的な吸収力
「12歳までの子ども脳には、入ってきた情報を受け取る繊細さが、大人の数倍あるんです。だから子ども脳こそ、一流のものを見せないといけません。 8歳が小脳の発達臨界期で、その年齢までに体得した所作、音の世界、画像の世界といった基本型が、これから後の全てに影響します。ですから、できるだけ繊細なものや様々なものを見聞き、触らせてあげたいですね。
ただ子供は、入力に関しては大人の何倍、何十倍も繊細なのですが、それを出力する能力は低い。例えば何十倍も情報を手に入れるけど、言えるのは「バイバイ」かもしれない。大人の何十倍も複雑な音を聞き取れるけど、本人がアウトプットするために歌う曲は、ディズニーやぽにょかもしれない。それはそれでいいんです。でも、ちゃんと複雑な音も聞き分けているんですよ。」
黒川先生は現在高校生の息子さんがいらっしゃいますが、その子育ても持論に基づいています。
「私は赤ちゃんのときから息子に幼児語でしゃべったことがないんです。大人にしゃべるように話しかけていました。もちろん意思の疎通をしなければならない時、例えばこれは触ってはいけないみたいな時は「これは接触不能です」ではなく(笑)、「触っちゃだめよ」とは言っていましたけども。普通に「ママが森鴎外の本を読んだらね・・」と6ヶ月の子に言ったら、母から「誰に話しかけているの?」といわれました(笑)。」
つまり子どもの発達過程においては、インプットとアウトプットのスキルに明らかな差があるという点を踏まえた上で、良質なインプットを多くしてあげると、成長してアウトプットのスキルが身についた時、多様な自己表現が可能になるのです。すぐに結果を求めず、インプットとアウトプットには時間差がある、ということも認識しておきたい点です。
◆ 楽譜をラブレターだと思って開いて -4~7歳で得られる身体性
曲は18世紀前半の作曲家ペルゴレージ。
(本文とは直接関係ありません)
さらに黒川先生は、子どもが音楽や芸術作品に触れる際、その接し方が身体性を作っていくと指摘します。
「楽譜もそうだと思いますが、持ち主が時空を超えて残していくものは、私はすべてラブレターだと思っています。例えば自分が論文を書くときも、ラブレターだと思って書いています。論文や楽譜は『発見』であり、創生だとは思わない。自分の脳が生み出すのではなくて、その日その時の自分の身体性に、宇宙がもともと内包していた何かが下りてきた、ということだと思うのです。だから自分の発見が、それに触れる誰かの気持ちを開かないといけない。決して、この知識を覚えろとして書くわけじゃない。自分におりてきた宇宙の音律を『さあ、今から見せてあげるからね』ということだと思うんです。
だとしたら、(作曲家からの)ラブレターだと思って楽譜を開いてほしいですね。もし音楽家の卵たちが教科書を開いて挑戦していく感じだとしたら、それは惜しい気がします。
4~7歳は小脳が発達する時期で、おけいこ事が非常に脳に良い影響を与える時期です。義務だと思って『間違ってないかな』と思いながら音を出していくのは、その瞬間の時間がもったいない。贈り物だと思って、ワクワクしながら一つ一つの音に出会ってほしいですね。」
その時に得た身体性は、将来どのような影響があるのでしょうか?
「そのときに身についた身体性はブロックのピースで、ずっと何か作るときの基本の形になります。そのブロックのピースの形を多くしてあげたい。そのためには、感動とともに身体を動かしていくことが大事ですね。」
物事を習う時、「プロの所作を目の当たりにすることが大切」だとも指摘する黒川先生。できれば自分の骨格や身体性に近い人の所作を、映像ではなく、目の前で動いているのを見ること。例えば幼稚園にピアニストが出かけて演奏する、というのも効果があるそうです。
皮膚は脳とつながっているという学説がありますが、「実際に目の当たりにする」というのは、視覚や聴覚だけでなく、子どもの皮膚感覚を通して脳に刻まれていく、ということでしょう。
子どもの頃に作られる身体性がいかに大事か、また身体性の基礎ができあがる時期に、様々な音楽のリズム、メロディ、ハーモニー、響き、言語をリアルに聴かせて、身体の中に取り込んでいくことが大切であることに、改めて気づかされました。それは西洋クラシック音楽を弾く身体を作る、という意味でも重要なアプローチです。これについては、また別の機会にご紹介させて頂ければと思います。
12月21日生まれ。上智大学在学中に1年間ランカスター大学(英)に交換留学、社会学を学ぶ。(社)全日本ピアノ指導者協会で編集・広報、国際部を担当。2007年秋より渡仏、現在音楽・アート教育について取材中。趣味はピアノ、芸術・スポーツ鑑賞、テニス、美術館巡りなど。ピアノは幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両先生に師事。
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