ショパン時代のピアノ教育―フランスにおけるピアニズムの系譜
| 序 改題にあたって | 上田泰史 |
このたび、連載タイトル『ショパンの同時代人』を『ショパン時代のピアノ教育―フランスにおけるピアニズムの系譜』に変更することとなった。連載開始当初はショパンの同時代の作曲家とピアノ音楽について自由に書くつもりでいたが、当時のパリ音楽院に着目したことによって、話の焦点が次第に当時のピアノ教育へと絞られてきた。それに加え、文章がほぼ時系列に沿った歴史的な記述という印象を持つようになってきたため、より内容に即したタイトルが必要だと思われた。
新タイトルにある「ショパン時代」とは、ショパンが生きた時代(1810~49)、つまりおおよそ19世紀前半を指す。タイトルにあえて「ショパン」の名を用いたのは、ピアノに関わる多くの人が知る名前であり、19世紀前半の教育や音楽へと私たちの意識を向けるための糸口になると思われたからだ。また、「系譜」という言葉を用いたのは、今後この連載でピアノの教育の変遷をパリ音楽院教育の伝統、師弟関係という点に着目し、世代を辿ってみようと思うからだ。
19世紀には現代に生きる私たちの目にはふれることのないピアニスト兼作曲家がたくさん存在している。不思議なことに、どれほどインターネット等の情報網が発達しても彼/彼女らは、その作品どころか名前にすらアクセスできない。しかし、この中には、たとえば既に一般に知られつつあるアルカンをはじめとして、H. ラヴィーナやE. プリュダン、L. ラコンブ、彼らの師であるヅィメルマンといったピアノの「
フランスではショパンは死後ほどなくしてJ.S.バッハやベートーヴェンと同じように「古典的大家」と見做されるようになった。それ以後も19、20世紀を通して、彼個人の様式やピアノ奏法が盛んに議論され、楽譜出版も途絶えることはなかった。その一方で、彼と同じ空気を吸っていた他の多くのピアニスト兼作曲家たちは、生前いかに著名であっても死後時間が経つにつれて加速度的に忘却の彼方へと追いやられることを余儀なくされた。その結果、流れる時間の最先端を生きる私たちは、19世紀の海に浮かぶショパンという一つの小島しか見えなくなり、どうしても水面下に広がる海底山脈の存在に気づくことができなくなったのだ。昨今のショパン研究はようやく彼の隣人たちをも対象としはじめ、より「リアル」な19世紀のショパン像を描き出している(1)。とはいえ、ショパンのように教育、出版、録音などの基盤に早くから支えられる機会を逸した「海底」に潜む過去の作曲家への評価はまだこれからである。本連載では、パリ音楽院でのピアノ教育を中心に扱いながら、これらの作曲家兼ピアニストとその作品を紹介していきたいと思う。読者の皆様には、ここで私が記述する「ショパン時代」と今日のピアノ教育、ピアニストたちが置かれた状況を比較し、各自の考え方や実践を豊かにする情報を見出していただければ幸いに思う。
平成21年2月23日 上田泰史
(1) 近年の出版されたまとまった研究としては以下の書物を挙げることができる。ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル『ショパンの響き』、小坂祐子、西久美子訳、東京:音楽之友社、2007年。
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、現在、同大学修士課程を経て同大学院博士後期課程に在籍中。卒業論文『シャルル・ヴァランタン・アルカンのピアノ・トランスクリプション』(2006)、修士論文『ピエール・ジョゼフ・ギヨーム・ヅィメルマンと七月王政期のピアノ教育―テクニックと「表現」の問題を中心に』 。安宅賞、アカンサス賞受賞。2010年4月より日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。
