ピアノの19世紀

16 ノクターンとピアノ文化 フランス近代とノクターン その3

2009/04/10

2 フォーレのノクターン(承前)

(2)フォーレのノクターンの様式変遷

第1期  第1番から第5番

フォーレがノクターン第1番を作曲した時期は、彼が名作、「ヴァイオリン・ソナタ第1番」(作品13)を作曲した時期にあたっています。このソナタの第2楽章の甘美な楽想もまた揺れるようなシチリアーノのリズムで、ノクターン風です。この第1番は3部分からなり、主部は4小節単位のゼクウェンツで作られ、反復するたびに変化する和声はとても内省的な情趣に満ちています。中間部では劇的な展開を見せます。
 第2番の作曲時期は、ピアノ四重奏曲第1番の作曲時期とも重なります。作品は3部分からなり、第1番と同様に中間部分が大きな展開部ともなっています。第3番になると、前2曲とは作風を異にし、ショパンのノクターンとの共通性を感じさせます。簡潔で透明感のあるフォーレの書法の確立を感じさせる作品で、この作品が刊行された年に「舟歌第1番」、「ワルツ・カプリス第1番」も成立しており、この作品がフォーレのピアノ語法の節目に当たっています。  第4番になると、彼の旋法的な語法や和声表現がよりいっそう強く打ち出されています。ノクターンの標題にふさわしい甘美な作品で、中間部での鐘の音の象徴や、木々のざわめきを思わせる心象風景の表現など、明らかに創作の変化を感じさせます。鐘の音で印象的に締めくくります。第5番は第1期の最後の作品で、第3番や第4番の簡潔な構成とは対照的に、ソナタ形式を意識したような複雑な構成をとっています。フレーズに締めくくりにアルペジョを用いる手法はこれまでの作品と同じ手法ですが、この第5番の場合は、内部へと細分化していくような構成が、ある種、見通しにくい幻想的な雰囲気を作り上げています。再現部で3連符が繰り返し現れますが、これはジャンケレヴィッチの言葉によると、「音楽が外にあるものと手を結ぼうとするときの内密な欲求を示す個人的な語り口」を示しています。

第2期 第6番から第8番

 第6番は、第5番の10年後の作品で、明らかに創作時期を異にしています。19世紀末に作曲された第2期の最初を飾るこの作品は、フォーレのノクターンの最高傑作とされている作品で、旋法を用いて微妙に変転する和声表現を用いたこの作品は、ある種の難解さも併せ持ち、作品は次第にフォーレのモノローグに近づいていきます。
 作曲者の内的なモノローグという傾向は第7番においてさらに強まります。半音階的にさすらうような下行音型は、ますます流動性を増します。この作品では下行音型は、これまでの作品でも数多く用いられてきたゼクウェンツを一歩進めて、模倣手法的に扱われています。繰り返される度に下行音型は和声の微妙な変化によって何か象徴的な意味を獲得し、最後は深い闇に降り行くようです。この作品でも鐘の音が象徴的に登場します(第39小節)。
 第8番に対して「ノクターン」という名称を与えたのはフォーレではありません。しかし、楽譜を出版したアメル社が「ノクターン」という標題を与えたことにフォーレが異議を唱えてはいないので、ノクターンに分類して構わないとしても、この第8番は、魂のモノローグのような第6番や第7番とは明らかに作風を異にします。作風は簡潔で、これまでの作品のような3部分構成すらあいまいです。主部の再現は明確ではなく、わずかに最後の4小節で冒頭の主題が再現して全体を締めくくっています。


西原 稔(にしはらみのる)

山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期退学。現在、桐朋学園大学音楽学部教授。18,19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「聖なるイメージの音楽」(以上、音楽之友社)、「ピアノの誕生」(講談社)、「楽聖ベートーヴェンの誕生」(平凡社)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」(講談社)、「音楽史ほんとうの話」、「ブラームス」(音楽の友社)などの著書のほかに、共著・共編で「ベートーヴェン事典」(東京書籍)、翻訳で「魔笛とウィーン」(平凡社)、監訳・共訳で「ルル」、「金色のソナタ」(以上、音楽の友社)「オペラ事典」、「ベートーヴェン事典」(以上、平凡社)などがある。

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