ロンドンレポート

英国王立音楽院『ミュージック・イン・コミュニティ』第2回

2010/10/26
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 英国王立音楽院『ミュージック・イン・コミュニティ』第2回~インタビュー2:'演奏家であること'についてのプログラム

前回、ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック(以下アカデミー)の『ミュージック・イン・コミュニティ』の導入について、コミュニティと学生両方に対するアカデミーの役割の側面から、オープンアカデミー主任のジュリアン・ウェスト氏に話を伺った。引き続き、カリキュラムの具体的な内容についてインタビューを進める。

将来のプロの演奏家を育てるカリキュラム
― 『ミュージック・イン・コミュニティ』のカリキュラムは具体的にどのようなものですか?

『ミュージック・イン・コミュニティ』は、アカデミーの学部3年生の必修科目です。12回のレクチャーと1回の実地研修とで構成されています。4年生では選択科目として12名限定で開講しており、22回のレクチャーと3つの異なるプロジェクト参加により、より自分たちでワークショップのデザインやリードすることについて学びます。昨年から大学院生も選択履修できるようになり、数日間にわたるワークショップへの参加など、より実践的な内容を行います。アカデミーにはこれを専門とした学生がいるというのではなく、全ての学生が、自分の演奏や作曲などの専門を別に持っています。

― それでは、将来のワークショップリーダーを育てるというよりも、将来の演奏家を育てるためのカリキュラムということですね。

そうです。実際、非常に興味を持って、卒業後にワークショップ活動を続ける学生もいますが、これは'演奏家であること'についてのカリキュラムであって、アカデミーの主眼としては、自分たち音楽家や自分の楽器が人々やコミュニティにどう貢献できるかを発見するということにあります。そういう意味で、アカデミーの全学生が3年生の時に履修が義務づけられています。

レクチャーと実地研修で実践的な感覚を養う
― 12回のレクチャーではどのようなことを扱いますか?

アカデミーのほとんどの学生にとって『ミュージック・イン・コミュニティ』の分野は未知の世界です。ですから3年生のレクチャーの内容はまさにイントロダクションです。まず学生に、この分野の活動が、'学校にコンサートをしに行く'こととも、'楽器の弾き方を教える'のとも違うということ、それらのどちらでもない間に位置するものだということを理解してもらいます。こうしたことが本当に自分の中でピンとくるまでには、多くの学生にとってかなり時間がかかるものですし、実際にやってみるまでは十分に理解できないものです。ですから、実地研修とあわせて初めて意味をなすものだと考えています。

その他には、コミュニティ音楽活動をする上での基礎的な講義を行います。この分野の仕事というものがどんなものか?どういった歴史を持つのか?政府の方針は?自治体、アーツカウンシル、オーケストラ、ホールその他のアウトリーチプログラムについてや、それらとどう関わっていくのか、など。

そして、自分たちが今後のキャリアの中でこの分野にどう関わっていけるのかを考えるために、非常にシンプルな問いを考えたりします。「あなたなら、どうやって自分自身や自分の楽器について、今までその楽器を見たことのない人に紹介しますか?」「これから演奏する作品について、自分の持っている知識や自分と作品とのつながりなどから、何がおもしろいのか、どこが好きなのか、どうして自分がそれを弾きたいと思うのか、をどのように伝えますか?」と。聴衆の多くは、なぜ'あなたが'その音楽作品を演奏したいのかに興味があるのです。

― レクチャーは全て先生がされるのですか?

私自身が行うレクチャーの他に、なるべく多くの分野で実際に活躍しているゲストスピーカーに来てもらっています。ほとんどがフリーランスのワークショップリーダーで、オーケストラやホール、オペラカンパニー、フェスティバルなど、学生が卒業後に関わることになりそうな分野の活動を代表するような人たちに来てもらい、現実の仕事の話や、その場でプロジェクトを実際にリードしてもらったりします。学生はそこで参加者となることで、子どもの立場に立って、子どもがここで何を学んでいるのか、どのように学んでいるのか、何の要素がその学びを可能にしているのか、を体験しながら考えることができます。

― 実地研修はどのようにアレンジされますか?

学部3年生は1回6時間程度の実地研修を行います。1日の場合もありますし、2日に分けて行われる場合もあります。4名から6名の学生とワークショップリーダーとして私か外部のゲストでグループを組みます。ほとんどが地元の小学校で、その他ミュージアムやホールなどのプログラムに参加する場合もあります。実地研修が1回とは少ないかもしれませんが、1学年約75名を1回ずつ手配するのもなかなか大変なものです。

― 受け入れ先の学校の自治体やホールなどの団体との関係は?

学校のあるウェストミンスターや隣のカムデンのカウンシルの音楽コンサルタントと会合を持ち、市の政策や強化したいと思っている分野と、アカデミーのコミュニティプロジェクトとがどのように合致するかを常に協議しながら、プロジェクトをデザインしています。カウンシル側が、最も恩恵を得ると考える学校を推薦し、毎年10校から12校ほどを訪れています。学校は、続けて行く所と新規の所とが混ぜられています。

受け入れる学校側は金銭的には無料です。学生に謝礼はありませんが、単位を得ることになります。ワークショップリーダーや基本的な経費は、学生の指導の一環としてアカデミーからの予算で賄っています。時々、カリキュラム外で、例えばウィグモアホールとの共同プロジェクトを立ち上げる場合などは費用を折半しますし、学生の指導に直結していないプロジェクトに関わる場合には、そのための資金調達が必要になります。

学生の変化
― 学生の反応はどうですか?

実に様々です。4年生以上に関しては選択制ですので、もともと熱意のある学生が来ますが、3年生に関しては必修科目ですので、態度も非常にばらばらです。特に年度の初めは、熱心な学生もいれば、全く興味はないけれど必修だからいなければならない、というくらいの学生もいます。ですが、クラスが進むにつれこの分野への理解を深め、また実地研修で子どもと関わる中で、学年末には、ほぼ99%の学生が関心を持ち、ポジティブな経験と認識するようになっているようです。

前にも述べたように、多くの学生にとって、自分たちが何であるのか、なぜ音楽を学ぼうと思ったのか、なぜこの楽器を選んだのか、演奏家としての自分のアイデンティティを発見/再発見する機会となっています。また、子どもたちの反応に接する中で、自分が思っていたよりもずっと大きなインパクトを与えられるのだということ、そして、聴衆がそこから得ているものは、自分たちが想像していたものをはるかに超えたものだ、ということに気づくようになります。ある意味、最初にそうした内容を期待していなかった学生こそ、発見による変化の幅が大きいように思います。

― 学生の専攻の楽器によって反応や成果は異なりますか?

楽器間の違いはほとんど感じません。個人差の方が大きいように思います。また、イギリスではオーケストラやアート団体のアウトリーチ活動も歴史が長くなってきたので、最近のイギリス出身の学生は、自分たち自身が学校で受けた経験があるので、どんなものかを把握するのが早く、またより深い理解にもつながっています。自分たちで体験したことのない海外の留学生にとっては、そこの壁がまず大きいようですが、逆にインパクトが強く、卒業後母国に持ち帰ってやりたい、という熱意を抱く学生も多くいます。

どんなコンテクストでも音楽家としての最高の力を発揮する
― ピアノの学生が小学校を訪問する際には、ピアノがある学校を選んでいますか?

理想的には、ピアノの学生も自分の専門の楽器を生かしてプロジェクトを行うのが望ましいですが、実際そうはいかない所もあります。この近辺で訪問する小学校には、何らかのピアノが1台ある場合が多いですが、状態はたいていよくありません。音楽室がある学校もありますが、楽器をトロリーに乗せて、使う時に教室に移動させてくる学校も多いですし、動き回るスペースや環境の変化を考慮して大きめのスペースを使わせてもらうこともあるので、実際に使うスペースにピアノがあるとは限りません。

ピアノがなかった場合、ピアニストはどうするのか?その時こそ、'音楽家としてのどんなスキルを自分は持っているか?''どんな音楽的な知識とスキルを、その場に提供できるのか?'を考えるよいチャンスです。例えば、パーカッションを使って子どもと音楽を作る時など、ピアノを弾かなくても、自分が使える音楽家としての知識がたくさんあるのです。音楽家としての耳を持っていること、作品についての知識や音楽の構造の理解、アンサンブルの感覚、どのように音楽として作り上げるのかの知識、経験、直観、センス等々。こうした経験が、自分が'音楽家である'ことの再認識、また自信を与えるのです。

― 学生がこのプログラムによって学ぶ最も重要なことは何だと思われますか?

真に大きな影響をもたらすのは、'演奏の質'だということです。例えば、ある時ヴァイオリンの学生が保育園に行って、子どもたちの知っている「きらきら星」などのわらべ歌をいくつか演奏しました。子どもたちは手をたたいて楽しみ、喜びました。その時、「今は何を練習しているの?」と聞かれ、「シベリウスのコンチェルト」と答えると、子どもたちはそれを弾いてほしいと頼みました。そこでコンチェルトの1楽章の抜粋を演奏すると、子どもたちは「きらきら星」の時とは打って変わって、度肝を抜かれたように口をぽかーんと開けて、シーンとなってまさに惹き込まれていたのです。

それが、音楽家として学ぶべき最も大切なことの一つなのです。コンサートホールにせよ、小学校にせよ、どんな異なるコンテクストにおいても、音楽家としての最高の力をそこで発揮するということです。そこで初めて、その音楽は人々にとって真のインパクトを与え、それが人々に真の芸術的経験を与えるということなのです。子どもたちは、それが何の作品なのかを全く知らなくても、演奏家の音楽との真摯な関わり方をよく見ていて、それが大切な意味を持つことを感じとっているのです。

― アカデミーの『ミュージック・イン・コミュニティ』のユニークな点は何でしょうか?

色々な質の高い団体や人材とのパートナーシップを持っていることだと思います。ウィグモアホールオーケストラ・オブ・ジ・エイジ・オブ・エンライトメントスピタルフィールドミュージックなど、ハイクオリティの音楽を提供するコミュニティプロジェクトを率いる団体から、学生のうちから学べるということです。もう一つのユニークな点は、このプログラムが、アカデミーの学生の「演奏家である」という意識と強く結びついていることです。これはまさに、自分自身について、音楽家としての自分のアイデンティティについてのプログラムなのです。そういう経験の中から、コンサート会場でない様々なコンテクストにおいても、音楽家として、芸術家としての力を発揮する力をつけ、音楽家としてのアイデンティティを養うことができるのだと考えています。

(次回は、実際のワークショップの模様を見てみましょう)

取材・執筆:二子千草


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