ロンドンレポート

LSOディスカバリー 第1回:ロンドン交響楽団の教育プログラム

2010/07/14
日本語英語】 【第1回第2回

LSOディスカバリーの様子 (c)LSO
LSOディスカバリー 第1回:ロンドン交響楽団の教育プログラム

世界のトップクラスのアーティストが集まり凌ぎを削るロンドン。そこを本拠地に活動するロンドン交響楽団は、イギリスで最も古い独立オーケストラであり、現在でもロンドンで最も多くのコンサートを開催している。しかしその使命はホールで一流の演奏を届けるだけに留まらず、「LSOディスカバリー」を通じて年間約4万人の人々へ教育・コミュニティプログラムを提供している。一流オケの主宰する教育プログラムはどのように展開されているのであろうか?

--- LSOディスカバリー---
主宰:ロンドン交響楽団(London Symphony Orchestra 略称:LSO)
楽団本拠地:
バービカンセンター
Barbican Centre: Silk Street,London, EC2Y 8DS 最寄駅:地下鉄Barbican)
ディスカバリーURL:LSO Discovery(http://lso.co.uk/aboutlsodiscovery
ディスカバリー本拠地:
LSO St Luke's, UBS and LSO Music Education Centre
(161 Old Street, London, EC1V 9NG 最寄駅:地下鉄Old Street 【地図】)

ロンドンの中心的かつ先駆的オーケストラ
LSOディスカバリー 第1回
ロンドン交響楽団の本拠地:バービカンセンター

ロンドン交響楽団は、イギリスで初めて楽団員が出資者となり自主運営を行う独立オーケストラとして発足した。1904年ロンドンのクイーンズホールでハンス・リヒターの指揮で幕を開けて以来、世界有数の指揮者・演奏者との共演を重ね、数々の作品の世界初演を務め、1906年にはイギリスのオーケストラとして初の海外公演をパリで行い、初期より積極的に蓄音器の録音や映画音楽の演奏に関わり...と、常にイギリスの音楽界の先駆的な立場を担ってきた。1963年、初めて日本を訪れたイギリスのオーケストラもロンドン交響楽団である。現在ではロンドンで最も演奏会の多い団体であり、録音の数においては世界一を誇る、ロンドンの音楽を語るのに欠かせない要素の1つである。

ロンドンで初めてレジデント・オーケストラの体制を敷いたのもロンドン交響楽団で、1982年ロンドン東部にオープンしたバービカンセンターを本拠地に演奏活動を展開している。その活動を支えているのは、演奏会や録音による収入の他、アーツカウンシル・イングランドシティ・オブ・ロンドン行政機関からの支援に加え、企業個人トラストなどの団体からの援助である。

地域とつながる教育活動の拠点、セント・ルークス

セント・ルークス

地元から海外までより多くの人々を巻き込むため、ロンドン交響楽団が教育に関する方針を定め、LSOディスカバリーを創設したのは1988年、今から22年前のことであった。1990年代に入り教育・コミュニティプログラムの拡大を図る中、バービカンセンターから徒歩圏内のセント・ルークスという廃墟になった18世紀の教会を改装し、ディスカバリーの拠点としようというアイディアが持ち上がった。教会の外観は復元し、内装は音楽活動に適した近代的な造りへという1800万ポンドの改修工事とその後の維持運営は、宝くじ収益からの助成と、このプロジェクトを全面的にバックアップした金融グループUBSの支援により実現した。

こうして2002年末に改装を終えた教会は、小規模のコンサートに適するホールと、ワークショップやレッスンが可能ないくつかの部屋、音楽テクノロジーの実践ができる部屋と事務所とから成る、「LSO セント・ルークス、UBS・LSO音楽教育センター」として生まれ変わった。ロンドン交響楽団は、ホールでの大規模なコンサートという形態以外に、地域の人たちと小規模だが密に継続的に関わることのできる環境を手に入れたのである。地域の人たちも、たまにある単発イベントや学校や地域の施設に来てくれるのを待つ以外に、出かければいつでも何らかの音楽プログラムを体験できる場を得たのである。

あらゆる年齢・能力・地域を対象に、参加者年間4万人以上

LSOディスカバリーの紹介パンフレット

LSOディスカバリーの活動はバービカンセンター、セント・ルークスという拠点に加えて、地域の学校やコミュニティセンター、病院などにおいて実施され、あわせて毎年4万人以上の人が参加している。「音楽を発見する」をモットーに、人々がオーケストラと出会い、音楽の力を体験する機会を提供し、ロンドン交響楽団のコンサートに新たな側面を加えることを目的としている。首席指揮者を経て総裁に就いたコリン・デービスはこう述べている。「音楽は人を深く感動させるものだ。LSOディスカバリーの意義は、あらゆる人が、たとえ伝統的なコンサートホールに一度も入ったことがないとしても、音楽の力を体験できるという所にある。」

「あらゆる人に」と言うだけあって、LSOディスカバリーのプロジェクトの幅は広い。LSOセント・ルークスで行われている「幼少期の音楽ワークショップ」は1歳児からが対象で、これに続いて「5歳児までのコンサート」、12歳まで対象の親子ワークショップやコンサート、青年対象のデジタルテクノロジーのセッションや合唱、年齢制限のない一般対象のランチタイムコンサートや合唱やガムランのグループ、そして高齢者のためのプロジェクトと、ほぼ全年齢層をカバーしている。

また、対象者の能力の幅への対応力も大きい。子どもや一般向け企画のほとんどが特に音楽的経験を要しないものだが、特に身体や精神に不自由を抱えている人のためには「バリアフリー」なプロジェクトを開発し、一方でロンドン交響楽団の誇る高度な技術を生かして、才能ある若者に貴重な体験を与え「未来の星」を育てる夢のような企画もある。また学校の教師を対象に、学校への音楽の取り入れ方のトレーニングをするクラスもあり、豊かな音楽体験を伝える側の人を増やそうという取り組みもなされている。


ディスカバリーのイベントガイド

対象者の居住エリアにも幅がある。LSOセント・ルークスで頻繁に行われるワークショップや合唱、ガムランのクラスなどは、基本的にはその近辺のエリアに住んでいる人たちを主な対象としている。また地域の学校や病院等施設への出張という形でも近隣エリアとつながっている。これらのプログラムは単発というよりも毎週、何週間にも亘って継続的に開催されるものが多く、音楽的にも徐々に体験を染み込ませ、音楽を日常生活の中に習慣づけするとともに、音楽を通じたコミュニティづくりにも貢献している。バービカンやセント・ルークスでのファミリー・コンサートやランチタイム・コンサート、スクール・コンサートなどは単発で参加できるため、より広範囲からの参加が望める。さらにはコンピュータやビデオ会議などを通じて、イギリス各地や海外の学生らともつながっている。


バービカンセンター
LSOディスカバリー・プログラムの例

LSOディスカバリーの枠組みの下では、このように単発やシリーズものが、ホールやセント・ルークス内外で年間を通じて同時進行で行われているため、ほぼ毎日、複数のイベントが進行している状態だ。下記のようなプログラムが実施されている。

【地域プログラム】
5歳以下/毎週45分/10回 £77.5
8~15歳/毎週45分~1時間+コンサート/参加無料/約75名在籍
近隣在住・勤務の大人/毎週2時間+コンサート/約80名在籍
初心者、中上級/毎週約1時間半/1回£5/約1500名が参加
近隣在住の10~18歳/学校の休暇時等/参加無料/約80名
近隣在住の12~18歳/毎週3時間/無料
【ホールイベント(バービカン/セント・ルークス)】
5歳以下の親子・保育園児グループ/45分/無料~£1.5
7~12歳の親子/1時間+プレコンサートワークショップ/子ども£4、大人£7/年約3回/約4500名参加
誰でも/無料/月1~2回/プレゼンターつき45分間
8歳以下の親子/年3回程度/約2時間半/1組£3
リハーサル見学+トーク+演奏の1日/年4回程度/£16
小学校・中学校各年次対象/バービカンホール/年間16,400人参加
11~18歳の学校グループ/バービカンホール
学校におけるLSOメンバーによる室内楽コンサート
学校におけるLSOメンバーによる楽器レッスン
学校における音楽づくりワークショップ
7歳以上の学校グループ/単発もしくは長期
テクノロジークラス
7歳以上:オーケストラ音源のリミックス16歳以上:作曲
イギリス国内の7~14歳のクラス/35分
イギリス国内の初心者から中上級の学校グループ/45分
生徒、教師向けのCD、DVD資料
短期、2年間プログラム
スクールコンサート前の教師向け説明会
【若い音楽家のための企画】
あらゆる能力の若者がLSO奏者とオケで共演/学校や地域音楽機関を通じて
才能ある若者へのLSO首席奏者等によるマスタークラス、ワークショップ/14~24歳の30名/1週間/年1回
LSO演奏家スキーム
毎年ロンドンの音大選抜の20名がLSOのトレーニング、リハーサル、コンサートにエキストラとして参加する機会を得る/管打
毎年6名の若手作曲家がLSOのために作曲し、リハーサルで演奏される機会を得る
毎年3名の若手指揮者がLSOの首席指揮者ゲルギエフか総裁コリン・デイビスの下で学び、最終的にコンサートで1/3ずつ指揮する機会を得る
聴覚障害の学生のために視覚的解釈を加えたスクールコンサート
精神・学習障害者のための音楽ワークショップやコンサート
視覚障害者のための作曲と演奏ワークショップ
高齢者と児童とが一緒に音楽を作り演奏する世代交流企画

この他にも、常に新しい企画が考案され実現されている。次回はこの中から、セント・ルークスで行われている最も若い世代、乳幼児向けのプログラムの様子を紹介しよう。

(取材・執筆 二子千草)


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