2015ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール(30)音楽も人生もバランス良くー第2位アムランさん

2015/10/27
20151022_hameline.gif
第17回ショパン国際コンクールで2位に入賞したシャルル・リシャール・アムランさん。豊かな音楽性と成熟した演奏に、日本を含む世界でファンが急増しました。今回のコンクール出場の感想、楽譜の読み方、幼少期に受けた音楽教育などについてお話を伺いました。さすが英語・仏語を公用語とするカナダ出身らしく、物事を両面から見るというバランス感覚の良さが、音楽にもライフスタイルにも現れています。


●ショパンコンクールに出場して

―ショパンコンクール2位受賞、おめでとうございます!今の率直なご感想からお願いします。

2位入賞、ソナタ賞受賞は自分としては最高の結果です。1位のチョ・ソンジンさんは既にキャリアもありますし、優勝コンサートをこなす準備が十分にできていると思います。私はまだカナダが中心で、今回の入賞によってヨーロッパやアジアで演奏できるのを大変嬉しく思っています。

―一次予選からファイナルまでの演奏をご自身はどう振り返っていますか?一番大変だったのはどの段階でしたでしょうか。

やはりコンクール中は無意識に緊張していましたが、今回のプログラムは何度もステージで弾いていましたので、音楽が自然に流れ出てくれました。とはいえ自分自身が一番厳しいジャッジですから、全てに納得しているわけではありませんが。昨夜のガラコンサートでは全てから解放されて完全に自由になり、リサイタルのように弾くことができました。

振り返ってみると、一次予選が一番大変でしたね。審査員にも会場の聴衆にも初めて聴いて頂くわけですし、何かを展開・発展させるには時間が大変短い。二次予選は40分、三次予選は60分ですので本当のリサイタルのようでした。ファイナルはピアノ協奏曲第2番Op.21を弾けて幸せでした。正直にいえば第1番を弾いたことがなかったのと、音楽的な面からいえばそれほど華麗な曲ではありませんが非常に美しく、自分の性格にはより合っていると思います。この曲の詩情性に着目し、音符だけでなく音楽とコミュニケーションを取りながら、音楽の一瞬一瞬に生きるように演奏しました。

―歌を歌うように旋律を豊かに奏でるアムランさんですが、ご自分でも歌を(笑)?

自分では歌いませんが(笑)、ピアノで歌うことは一生を通じた大きな挑戦です。魔術師にならないければ。ピアノという打楽器を歌わせることは、小さい頃から様々な先生に学んできました。レガート、カンタービレなどはとても大事で、ショパンだけでなく、シューベルトやロシア作品など全てについて同じことが言えます。

●楽譜へのアプローチー見えないものを見る、逆から見る

楽譜のアプローチとしては、ショパンのピアノ協奏曲などリリカルな性格が強い曲はリズム的要素を見て、ショパンのソナタ第3番終楽章などリズムの性格が強い曲はリリカルな面を見るようにしています。本来の性質とは逆の要素も見ることによって、明らさまには表現されていない要素も読み解くのです。そうして逆方向からも見ることで、楽曲の完全な姿を捉えることができます。

―逆方向の視点から見ること、明白には表現されていない部分も見ること、なるほど客観的で面白いアプローチですね。マズルカやソナタではどのような要素を発見されましたか?

正直言えばポーランドの文化や舞踏にはあまり詳しくないですが、自分なりの直感で捉えています。ルービンシュタインなど過去の素晴らしいショパン演奏の録音が、インスピレーションの源になっています。マズルカは曲毎に性格が異なりますし、曲中の楽節によっても性格が異なります。たとえば私はマズルカの舞踏的要素よりも、"ストーリーテリング"の側面が好きですね。舞踏的要素は分かりやすいですが、それだけではないところに魅力を感じています。またマズルカは繰り返しが多い中で、多様に表現する"自由さ"も大事です。
ソナタ第3番は他の国際コンクールでも弾き、CD録音もしています。ロマン派のソナタの中で最も素晴らしく好きです。この曲は知的で、情緒豊かで、ストーリーがあります。第3楽章ラルゴも、どの音も素晴らしいです。

―アムランさんにとってショパンとは?あなたの演奏を聴いて幸せな気分になるという方が、日本にはたくさんいらっしゃるようです。

ショパンの音楽は世界中すべての人に語りかける音楽だと思います。そしてメロディ、ハーモニー、全ての音楽的要素に関しても最高水準です。また人間の持ちうる人間の感情が全てつまっています。たとえば二次予選で弾いたロンドOp.16は若々しくヴィルトゥーゾ的で何も難しいことを考えていない曲ですが、幻想ポロネーズOp.61は全く対照的で、深遠で深いメッセージが込められています。その両極を見せたかったのです。舟歌Op.60、幻想ポロネーズOp.61、ノクターンOp.62など、ショパンの後期作品も好きです。コンチェルトやバラードのような分かりやすいドラマ性や華麗さはありませんが、憂鬱さや失望ではなく、運命を静かに受け入れる"受容"が表現されています。
ショパンはそれほど幸せな音楽というわけではないですが、自分の演奏を聴いて幸せになってくれるのは嬉しいです。自分自身幸せな人間だと思いますし、私は人としてピアニストとして正直で、透明で分かりやすい性格だと思っています。

●幼少期に受けた音楽教育ーテクニックと音楽性の結びつき

―それではアムランさんの幼少時代についても、少し透明にさせて頂きたいと思います。幼少期に受けた音楽教育を教えて頂けますか?

ええ、可能な範囲で(笑)。5歳から18歳までルーマニア出身のポール・スルドレスク先生に習っていました。教室には子どもの生徒が多かったですが、上級レベルまで教えて下さいました。スケールやアルペジオなどのテクニック練習はほとんどせず、曲の中でエクササイズをしたので、自然な形で身についたのだと思います。また、小さい頃から想像力を鍛えてくれました。

―曲の中でエクササイズとはどのようになさるのですか?

今でも時々やるのですが、たとえば小節が沢山ある曲としましょう。まず全体をグループ分けします。A、B、C、Dのフレーズがあるとして、A-B-A-B,B-C-B-C,C-D-C-D、A-B-C、A-B-C-D・・といったようにフレーズを塊毎に捉えながらテクニックを鍛えます。また音楽的には、そのフレーズを一息で演奏するようにします。

また先生は子供用のレパートリーを選ぶのが得意で、カバレフスキー、トゥリーナなど音楽的に優れていて子供の興味を喚起する曲や、和声的に多様で耳を鍛えられる曲などを選んで下さり、それがプロコフィエフなどに繋がっていきました。難しすぎる曲を選ばず、一度に一ステップずつ成長できるようにしてくれたのが良かったですね。

―音楽的なエクササイズの仕方、とても興味深いです。テクニックは音楽と結びつくことが大事ですね。コンクールも幼少の頃から受けていましたか?

カナダにはコンクールが多くあり、6歳から毎年のようにコンクールを受け、市、地方、州、国のコンクールまでたくさん受けてきました。イェール大学院在学中は一切受けず、自分の音楽的アプローチを全て見直しました。そして大学院修了後、2014年から国際コンクールを受け始めました。(2014年モントリオール国際コンクール2位、ソウル国際コンクール3位&ベートーヴェンソナタ賞)

今回良い結果だったのは、あまり自分にプレッシャーをかけなかったからだと思います。モントリオールで家族や友人知人に囲まれて幸せな生活を送っていましたし、小さいけれど良い演奏会も沢山ありましたので。今回の結果はボーナスだと思っています。これから少し変わるとは思いますが、仕事に追われて孤独な生活を送りたくはありません。仕事、プライベート、人間関係・・・バランスは私の人生そのものです。音楽も同じで、音楽、テキスト、様式への理解・・バランスがすべてです。つまらないという人もいるかもしれませんが、これが私の考えなのです。

―音楽にもその絶妙なバランス感覚が感じられました。過去のショパンコンクール優勝者・入賞者でインスパイアされたピアニストはいますか?

前回のエフゲニ・ボジャノフにはとてもインスパイアされました。一切コントロールされていないのが素晴らしいです。私は全てを手放して心から弾いている演奏が好きなんです。他の誰かになるのではなく、おそれずに自分自身でいること、自分自身の演奏をすること。ダニール・トリフォノフも好きです。ラファウ・ブレハッチのノーブルさ、ギャリック・オールソンのマズルカ、ダン・タイ・ソンも素晴らしいピアニストで、実は同じモントリオールに住んでいるのですが、今回初めてお会いしたんですよ!過去の優勝者、入賞者は素晴らしい方々ばかりなので、今回の結果を大変光栄に思います。

―本当におめでとうございます!では今後ショパンと一緒に、あるいはショパン以外でプログラムに入れたい作曲家は?

バッハ、ベートーヴェン、スクリャービン、プロコフィエフ、エネスク、リスト、ドビュッシー、メトネル、・・色々アイディアがあります。
また来年1月、日本で皆さんにお目にかかれるのを楽しみにしています!


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】
ホーム > 2015ショパンコンクールレポート > > ショパン国際コンクー...