みんなのブルグミュラー

連載:第06回 江崎光世先生インタビュー~25練習曲をめぐって

2006/05/04

先週の「江崎光世先生 公開講座」の内容を受け、今回のインタビューでは、さらに踏み込んだお話を伺ってみようと思います。
5月2日。私とわが「ぶるぐ協会」会長前島が、横浜市のとある駅に到着したのは午前10時前。この日の朝はあいにくの雷雨。「『大雷雨』(ブルグミュラー18の練習曲の中の名曲)ですねぇ」などと言いながらご自宅に到着した私たちを、江崎先生は笑顔で迎えて下さいました。

私たちが通されたのは先生のレッスン室。グランドピアノが2台、壁一面ずらりと並ぶ楽譜、そしてDATやSVHSなどを含む数々のオーディオ機材。お花の植え込みが素晴らしいお庭を背景に、インタビューを開始しました。

(インタビュアー:筆者)


なぜ「ブルグミュラー25の練習曲」なのか?

――先週はありがとうございました。公開講座で興味深く思いましたのは、先生の『ブルグミュラーに入る前』の基礎教育の徹底ぶりです。子供たちに機能和声※1を身体にしみこませ、その上で4年生からブルグミュラーを与えるという方法。

江崎先生: そうです。音楽は言葉と一緒で、10歳前後までには、「音楽の文法」を身体にしみ込ませておかなければなりません。子供は早いですから、どんどん詰めこむことができます。機能和声をとにかく入れておく。

――しかし、そのあとに与える教材が「ブルグミュラー25の練習曲」である必然性についてはどうなのでしょうか。数多くの楽曲、練習曲集に通じておられる先生が、なぜあえて4年生の子供のために「ブルグミュラー25の練習曲」を選ばれるのでしょうか?

江崎先生: 「25の練習曲」は、形式が美しく、とても構成力があります。ハーモニーが自然だし、標題に合う伴奏形もあります。形式が古典的なのでドイツ音楽のいいところがある。一方でフランス音楽のおしゃれなところもある。

――私も25練習曲は、折衷的な音楽だと思います。音楽として折衷的。しかし形式的にはとてもカッチリしている。

江崎先生: そうしたものが、この曲集では非常にシンプルに、コンパクトにまとまっています。ですから、子供はそれまで詰め込んだ「音楽の文法」を自分で使うことができるのです。

――自分の頭で考えて音楽を創る、その第一歩となる曲集・・・

江崎先生: そうです。詰めこんだものの集大成の場所なのです。基礎があれば、自分でアナリーゼ※2をしながら自力で音楽を創ることができます。そのことが、この曲集を通して子供に見えてくるのです。そこからは自力で音楽ができるようになるのです。基礎があれば早いですよ。1年くらいで終わります。しかし、ここをやらないでベートーヴェンやシューマンなど次にいってしまっては意味がない。10歳前後の思考力を「25練習曲」で生かしておかなくては、自分で音楽を創れない子になってしまいます。

歴史と様式を知ること

――同時にほかの曲集も弾かせていますか?

江崎先生: 私は4年生から同時にバッハのインヴェンションも始めます。少しあとからギロックの叙情小品集もとり入れます。いろんな音色を教え、ポリフォニーとホモフォニー※3の違いを感じさせ、歴史の説明もやさしくしてあげます。同時に教えても子供はわかりますから。

――どの時代のどこの国のどんな曲を弾いているのか、そういう「自分が今どこにいるか」を意識して音楽することは大切なのですね。では同時に、20世紀の十二音技法※4などによる無調音楽を与えるのはどうでしょうか?

江崎先生: 子供はそれも感覚で認識できます。ただ、私たちは未来を知るためには過去を知らなければなりません。古典をきちんと勉強すること、その上でなければ新しいものは理解できません。

――たしかに、西洋音楽史のながれとして、調性音楽を打ち破るエネルギーとして、無調の音楽が現れたわけですから、順番を知らないとそうした作品の理解につながりませんね。

江崎先生: ただし、中には近現代作品が好きで向いている子もいますから、コンクールの課題曲などをうまく利用して、その子にあった音楽を弾かせてあげることも重要です。ピティナ・コンペティションの課題曲が4期に分かれている理由もそこにあります。子供ひとりひとりの音楽性をきちんと見抜き、ひとりひとりの創造力を引き出すことが私たちの仕事です。自力で音楽ができること、これが大切です。

――となるとやはり、10歳でのブルグミュラーが効果的なわけですね。先生はさらに、25を効果的に弾かせるツールとして、オーケストラ伴奏のCDや、録画映像と同期できる自動演奏装置などのツールも取り入れていらっしゃる。まさに古典と最新機器のコラボレーション!

江崎先生: ツールはどんどん利用しなくては。利用できるものは厭わず利用する。時代は移り変わるので、私たちも変わらなくてはなりません。新しいものを勉強しなくてはなりません。投資も必要ですが、優先すべきは、子供のもつ自分の力を引き出してあげること。きっかけをつくってあげること。そのために新しいツールに対して私たちが怠慢であってはいけません。

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以上がインタビューの前半です。お昼(江崎先生の手料理!)をはさみ、インタビュー後半は、「音楽之友社新エディション」作成秘話や、この楽譜の解釈などに話が及びます。次回もお楽しみに!


ご自宅の庭
ご自宅のお庭。少し前にはチューリップが満開だったそうです。これからツツジやバラの季節。子供たちにレッスンの途中で花を観賞させることも多いのだそうです。
※1 ハ長調やト長調といったように、調性をもつ音楽を支える和声システム。調性音楽においては、ハ長調ならド、ト長調ならソというように、ある一つの音に「主音」としての支配力をもたせていて、簡単にいうと主音以外の音は、全て主音に従属するように関係付けられています。音階上につくられた全ての三和音は、主音上の主和音(トニック)に対し、属和音(ドミナント)、下属和音(サブドミナント)といった役目=機能をもっているので、「機能和声を身に付ける」といえば、調性音楽としての流れを生み出す「音楽の語法」を手に入れるというようなことを意味します。

オーディオ機器
アンプやDAT、MDダビング専用機が並びます。先生はご自分で子供の演奏のビデオ編集もなさるとのこと。

※2 楽曲分析のこと。機能和声の度数(コード)や、主要となるメロディーライン(主題)などを認識し、楽曲内の様々な要素を理論的にとらえていく作業。
※3 ポリフォニーとは多声音楽。ルネサンス期の教会音楽やバロック時代のバッハのフーガなどを思い浮かべてください。音楽が縦のラインというよりは、横に絡まるいくつもの声部から構成されていきます。ホモフォニーとは、古典派のハイドンやモーツァルトの音楽に聴かれるように、縦の和音のラインが強調された構成感があります。メロディーに対して、縦にそろう和声的な伴奏が特徴的です。

自動演奏装置
グランドピアノに取り付けられた自動演奏装置。子供の演奏をそのままピアノで記録し、ピアノで再現できる。

※4 調性音楽が主音とそれに従属する音といったヒエラルキー的なシステムによるものであるのに対し、十二音技法は、1オクターヴ内の音をすべて平等に扱って均質化させることで、調性感のない無調の音楽を成立させた。ウィーンの作曲家アルノルト・シェーンベルクにより1920年代から用いられた技法。

※ぶるぐ会長前島のコメント:
われわれ「ぶるぐ協会」がブルグミュラーを再発見した入り口はノスタルジーなのかもしれません。しかし、江崎先生は40年近くにわたるキャリアの中、ずっとブルグミュラーを小脇にかかえ、最良の方法、最新のツールとともに走りつづけてこられていた。そのことに改めて驚きと感動を覚えます。「ピアノ教師」である以前に真の「教育者」。そんな江崎先生に尽きることのない敬意を表したいと思います。

飯田 有抄(いいだありさ)

音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。

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