19世紀ピアニスト列伝

フェルディナント・リース 第4回:作品概観とその評価―不当な批評を越えて

2015/03/20
フェルディナント・リース
第4回:作品概観とその評価―不当な批評を越えて

前回は、リースがブリュッセル、ロンドン、パリ、エクス=ラ=シャペルなどの都市を股にかけて獅子奮迅の活動を展開するところまで訳しました。今回は、リースがフランクフルトで最期を迎える段落からです。
第2段落で主要作品が列挙されたのち、著者のマルモンテルベートーヴェンの剽窃者という罪状で厳しい非難を受けたリースを擁護しつつ、公正な評価を下そうとします。限定的に天才としての美点を認めつつ、最後に、マルモンテルリースの作品に見られる独自性を強調します。

 

リース

最終的にフランクルフトに定住し、そこで彼はサンタ=チェチーリア協会の監督を引き受けてキャリアの絶頂に到達したリースは、友情で結ばれた家族と心の友に囲まれて長い人生を望むことができた。敬意と富、比類ない名声、充足感と幸福、そしてベートーヴェンの生前から議論されていた芸術的個性―1838年1月13日、働き盛りに死が彼を襲ったとき、リースはこの全てを手にしていた。音楽の高みに達するためリースが続けた努力に、成功と栄誉を授けることになろうと思われたそのときに、潜伏性の不治の病がこの高貴で勤勉な人生を打ち砕いたのだった。

リースが残した作品の数は非常に多い。そこには作品番号にして200曲が含まれる。6曲の交響曲(作品23, 80, 90, 110, 112, 148)、5曲の序曲、複数の弦楽5重奏と弦楽四重奏、ピアノとオーケストラのための8つの協奏曲―第3,4,8番が威厳を湛える作品である―ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ホルン2本、コントラバスのための大7重奏曲が1作、ピアノと弦楽のための5重奏曲、ピアノと様々な楽器のための6重奏曲が2作、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、クラリネット、ホルン、ファゴット、チェロ、コントラバスのための8重奏曲1、ピアノ、チェロ、ピアノ、ホルンのための数々の協奏的ソナタ、4手用の大ソナタ(作品160)、ピアノ独奏ソナタ10作、そしてかなりの数のロンド、幻想曲、変奏曲、多声部による声楽作品。この非常に不完全なリストだけでも、不屈の産出者、確信に満ちた作曲家フェルティナント・リースが類稀な持続的エネルギーの持ち主だったことがわかる。

ベートーヴェンの贔屓の生徒だったという比類ない名誉はリースにとって成功の鍵ではあったが、それは同時に悲哀の原因をも引き起こした。羨望の眼差しを向けたり悪意を持ったりする人々はこの大交響曲作曲家の弟子を批判して、傑出した先生の様式を余りに自分のものにし過ぎているとか、血の通わない彼流のコピーであるとか、要するに神聖なほとぼりや天才的な輝きも持たずにベートーヴェンの手法を剽窃したのだと言った。不当と言えるほど行き過ぎた非難である。言うべきことは、フェルディナント・リースが天才的な主導権を担う衝動的なあの想像力に恵まれていなかったということだ。彼の音楽的着想は常に上品で趣味と完全な様式を伴って具体的に表現されるが、それはめったに霊感の大きなはずみには至らない。

オーケストラ作品と室内楽作品には、しばしば粘り強い労作の様子が見られる。この芸術家の極めて熟練した手腕は、必ずしも手堅さや長いスコラ的な勉強、あるいはいっそう強力な直観だけがもたらす大胆な展開を示すわけではない。リースは、同時代人のフンメルよりも多くの作品を書いた。それでも、リースはヴィルトゥオーゾ作曲家のヒエラルキーにおいてはフンメルの下である。だが彼に認めなくてはならないのは、数々の美点の総体である。それらはゆるぎなく高貴で純粋、一定の領域において力強く、したがって十分に個性的であり、その上、それらは彼のヴィルトゥオジティに匹敵するものだ。彼のヴィルトゥオジティは輝かしく色彩豊かで、当時としては傑出した響きをピアノから引き出すが聴衆を驚かせたり不意をついたりするような効果はなく、つまりその純粋さ、誠実さが魅力となるようなヴィルトゥオジティなのである。

手厳しい批評家たちがリースを激しく非難したベートーヴェンの模倣について、このデリケートな論点には品格が必要とされる。リースが師である大交響曲作家の影響を被ったということ、そして時々その反映が[彼の作品に]再び見出されるということに疑いの余地はないが、彼の作品の中には贋作(pastiche)も剽窃も先入観も存在しない。リースはむしろ、ベートーヴェンのコピスト以上の存在なのだ。真に独創的で、彼ら自身にしか由来せず、いかなる痕跡にも従わない芸術家はいかに少ないことだろう!モデルなしに想像するということは、殆ど例を挙げることができない現象である。「人は須らく誰かの息子である」とボーマルシェは言った。これはとくに芸術においてこれほどの真実はない。模倣する初期の段階があるということは、リースのような平均的な大きさの才能について言えるのと同様に、大芸術家や超越的な天才たちについても言えるのだ。

  1. 作品128を指すと思われるが、実際の編成はヴァイオリンがなく、ファゴット2本である。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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