甦る系譜

序文 - Preface -

2006/05/02
【お知らせ】
金澤攝氏の全音源は2012年7月18日にすべて公開停止しました。
現在はウェブページのみをアーカイブしております。どうぞご了承ください。
【参照】http://www.piano.or.jp/enc/news/2012/07/18_14529.html

 「クラシックの名曲」として今日知られている曲は、内容が優れているが故に残ったのだろうか。あるいは忘れ去られたり、取り上げられない作品は、 有名曲と何が違っていたのか。歴史に淘汰された名曲などと云えば尤もらしいが、ここには大きな落とし穴がある。作曲家によって書き上げられた作品が、総て 演奏・鑑賞された上で選ばれてきた訳ではないからである。一般に、演奏家たちが教育の段階で接し得るのは「通常のレパートリー」とされる一部の作品のみで あり、それ以外の曲は知る機会がないのが実情であろう。なぜならビジネスとして従来要求されてきたのは「みんなの知っている曲」でしかなく、馴染みのない 曲をプログラムに加えることにコンサートのプロモーターやレコード会社が難色を示すことは明らかだった。音大の入試やコンクールの課題曲も「通常のレパー トリー」から外れることはない。こうして一部の作品の「ブランド化」が強化されることで、演奏家も、教育者も活動が成立してきたのである。

 しかし、実際の音楽史はそんなに貧弱なものではない。そこには想像を絶する豊富な名曲の沃野が存在する。著名な演奏家や評論家がなぜこうした作品 について触れていないのか、という疑問が湧くかもしれない。しかし、特定の作曲家や音楽を専門とする研究者はいても、トータルで歴史を見渡すことなど、誰 にもできないのである。また実際にはよく調べることなく知名度の低い作曲家を価値のないものと決めつけたり、偏見的な価値観を主張するケースもしばしば見 られるので、確認できない言説は一応の注意を要する。現在、音楽事典にも記載されていない数多くの優れた作曲家たちがいることを、音楽関係者はもっと調べ なくてはならない。

 私は10代の半ばから一貫して「知られざる名曲」の探求を行って来た。私自身、作曲家として、自分が関心を持つ作曲家の作品が思うように聴けない不満から、結局自分で演奏する必要性に迫られることとなった。以来30年、私のターゲットは約200人の作曲家に及んでいる。
今や私にとって、関心の対象は作曲家個人を超えて、歴史のヴィジョンとしての「光景」を眺めることになりつつある。例えば、ピアノ音楽が爛漫と花開いた 1830~40年代のパリという「景色」をピクチャー・パズルに想定した時、現在残っている"ピース"は、僅かにショパンとリストの2つのみである。彼ら の周囲に誰がいたか、否、どういう人たちに囲まれて彼らが存在していたのか、が判らなければ彼らの座標と意義はとらえ切れない。今日名前の忘れられた多く の作曲家やその作品を、彼らは知っていたのであり、その影響の相互関係の中で、彼らの創作が機能していたことを忘れてはならないだろう。

 この度、PTNAを通じて、これまでに私が関心を持った作曲家の中からほぼランダムに曲を選び、紹介してゆく運びとなった。一般に知られていない 作品が殆どだが、膨大な未知の世界の一端を伺うものとして楽しんで頂ければ幸いである。一般的なレコーディングと異なり、編集・その他録音上の修正は一切 行わず、演奏のライヴ感を優先させたい考えである。そしてこうした作品ついて、是非考えを巡らせて頂きたい。その価値について、あるいはその時代性につい て、なぜ忘れられたのかについて等々。現在、「演奏家」は多いが「音楽家」は決して多くはない。上手な演奏をしていながら音楽の楽しみを与える人が少なく なってしまったのは何が原因だろうか?即興演奏の名手であったというモーツァルトやベートーヴェン自身が弾いた彼らの音楽は、今日私たちが耳にする演奏と は根本的に違うものであったかもしれないのである。

2006. 5. 2. OSAMU N. KANAZAWA


金澤 攝(かなざわをさむ)

作曲家、ピアニスト、研究家。1959年、石川県金沢生まれ。70年から74年までピアノを宮沢明子氏に師事。
15歳で渡仏、パリに学ぶ。作曲を独学で学び、ピアノのレッスンに並行して広範囲にわたる作曲家の研究に取り組む。78年、知られざる名作を日本に紹介すべく帰国、研鑽を重ね、現在200人の音楽家を対象として研究、演奏を行っている。 第7回ラ・ロシュル国際コンクール第2位(1位なし)、第1回現代音楽コンクール審査委員長(故・園田高弘氏)奨励賞、第3回村松賞大賞、金沢市文化活動賞、石川テレビ賞ほかを受賞。エピックソニーよりアルカン選集全8巻、自作アルバムを発表。

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