ドビュッシー探求

「子供の領分」より第3曲「人形のセレナーデ」

2008/09/05

今回の曲目
音源アイコン 「子供の領分」より第3曲「人形のセレナーデ」  2m58s/YouTube

 冒頭からギターの音色をイメージさせるスペイン風の作品です。ドビュッシーはこういったスペイン風のギターを模した作品をいくつか書いています。たとえば、「版画」の「グラナダの夕べ」、「前奏曲集第1巻」の「とだえたセレナード」などがあります。可愛らしい人形に、ギターの伴奏で歌を歌いながら誘いかける、そういう夢の世界を表現したのでしょうか。この作品には興味深い注釈がついています。「曲の全体にわたり、ソフトペダルをつかうように。フォルテとかかれた部分でも同様にすること」とあるのです。ドビュッシーには、この作品のような、とても柔らかく、軽やかな作品が多いのですが、そういった作品にソフトペダルを用いた響きを用いることを好んでいたと思われます。

演奏上の問題について
 冒頭から13小節までは落ち着いたE-durの音楽です。両手で交互に現れるオルゲルプンクトがギターの音型を模しています。そこに4度音程の前打音を含む第1主題が3~7小節まで現れ、その5度上に9小節から第1主題が現れます。第1主題はとてもデリケートに、軽やかに歌われるべきです。9小節から現れる2回目の第1主題では、11、13小節に強弱の指示がある通り、1回目よりも少し豊かに表現するべきでしょう。

 14小節では5度上のH-durに転調して、第2主題が出てきます。第1主題は4度、5度の跳躍が中心ですが、第2主題は順次進行、半音階進行が中心です。17小節からはCis-durで2度上がり、20小節からはgis-mollに転調し、24小節の頂点に向かいます。ここまで、ほんの少しずつクレッシェンドしていくのですが、大きくするというよりも、転調することで高揚していく感じをもって演奏すると良いでしょう。28、29小節ではa-mollの響きが突然現れ、30小節のE-durの和音に向かいます。従って、28小節はsubitop と考えた方が良いでしょう。28~30小節のバスのライン、すなわち、gisgfisfe と下段の2拍目にあるddisのラインをうまくバランスをとりながら30小節の和音に向かうようにすると良いでしょう。30小節からは第1主題が現れますが、3小節からと比べると音域が高く響きが厚いので、多少活発にはっきりと表現すると良いでしょう。それが強弱やアーティキュレーションの指示に出ています。中声部にある和音の連打の伴奏は音量を押さえ、上声のメロディーとバスに現れるdisとcisの揺れで作られるラインの響きのバランスをとる必要があるので、比較的表現が難しいところです。このバスのラインは第2主題の性格をもっています。これが35小節からはソプラノに引き継がれ、さらに39小節からはテノールに引き継がれ、バスの下降ラインとバランス師ながら43小節のH-durの和音(空5度)に向かいます。ここはいわば提示部の終わりにあたりますから、42小節にも指示がある通り、丁寧にフレーズを閉じると良いでしょう。

 45小節からは第2主題に起因すると思われる順次進行が中心の息の長いフレーズが現れます。61小節まで、うねりながら盛り上がっていきます。途中、細かい強弱の指示がありますが、これは45、46、49、50小節がh-moll、47、48、51、52小節がC-dur、53~56小節がd-moll、57~60小節がf-mollというように、転調に呼応しています。従って、調の色の違いを意識して表現すると良いでしょう。これは、たとえば47、48小節は、本来、h-mollのV和音がくるはずなのですが、これが半ずれしているので、その意外性を表現すれば良いと思います。57小節でも、本来はd-mollの和音に解決するところを転調によってはぐらかしていますから、そういう意味でsubitop であると考えて良いでしょう。61小節では、subitopp になり、f-mollの和音に解決しますがすぐにc-mollに転調します。この部分は教会旋法的です。また、ここでは、人形に愛の告白の歌を歌っていたのが、思いが伝わらず一度あきらめるような感じです。65小節で一度休んだ後、気を取り直して別の歌を歌い始めるような雰囲気です。調はDes-durですから、77小節までは、それまでよりも柔らかいニュアンスで演奏されるべきでしょう。また、69小節からの部分では、特に右手のフレーズに細かな強弱指示があります。71小節では、右手が8分の6拍子に変わります。従って、書いてありませんが、その前後にある強弱の指示が逆であると考えるべきでしょう。それによって、単調な繰り返しになることを避けているといえます。また、69小節からは、Des-dur、Es-dur、F-dur、As-dur、H-durのドミナントが揺れながらも全体としては音域が上にずれていきます。従って,80小節をピークとして揺れながら盛り上がっていくようなイメージで演奏すると良いでしょう。

 84小節からは98小節のE-durの和音を目指した動きになります。fis-mollからcis-mollを経由して90~94小節でE-durのカデンツが現れて安定します。この部分は強弱指示がとても凝った形になっていますが、丁寧にカデンツを表現すると良いと思います。

 94小節から最後まではE-durでコーダになりますが、96、97小節では、F-durのドミナントになって、本来のE-durのドミナントが上に半ずれしています。その意外な響きを十分に感じて表現するべきです。100からの部分も同じです。そして、105小節の3拍目で、本来あるべきE-durのドミナントがとても短く表現されて、E-durのカデンツが作られます。107小節からは第1主題が断片的に繰り返されますが、細かな強弱記号を完全に守らないと単調になります。Pの部分は曇った響き、mf の部分は明るい響きといったように、強弱というよりも音色の変化に気をつけるとうまく表現できると思います。

 繊細なタッチとペダリング、そして音色の使い分け、多声的な表現など、この作品で要求される音楽的な表現はとても高度なものだと思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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