ドビュッシー探求

前奏曲集第2巻より第6曲「風変わりなラヴィーヌ将軍」

2008/04/04

今回の曲目
音源アイコン 前奏曲集第2巻より第6曲「風変わりなラヴィーヌ将軍」 2m47s/YouTube

 チャーリー・チャップリンはとても有名な映画監督兼俳優です。彼の1900年代前半に作られた無声映画はとてもコミカルで楽しいものです。彼の演技は、その仕草などで我々を魅了します。彼はヴォードヴィルという、道化、手品、漫才、踊りなどの舞台でそういった表現を磨き、映画界に入りました。この作品の題材となっているラヴィーヌ将軍(正確にはEdward Lavine)は、このヴォードヴィルというアメリカではとても有名なミュージックホールのショーに出演していたとても有名な道化師です。ドビュッシーは、その風変わりなユーモアに魅せられ、それに霊感を得たようです。前奏曲集第1巻第12曲「ミンストレル」、子供の領分の「ゴリウォグのケイクウォーク」も同じような作風です。とてもふざけた感じを出したいところですが、過剰な表現はドビュッシーの洗練された感覚とはかけ離れるものだと思います。

演奏上の問題について
 冒頭のg g c cの音型は、この時代にはあまりにもあからさまなV→Iです。しかし、上段ではフラット系の3和音とV和音が交替します。複調的でもありますが、ここでは、まるで下手なトランペット吹きが音をはずしながら(ひょっとしたらピエロがわざと大まじめに!!)伴奏しているとようにとらえた方が自然かもしれません。esをdに、gesをgに、bをhに、desをdに置き換えればとても平凡な、つまり、場末の、昔ながらのミュージックホールならいくらでもありそうな露骨なドミナントだからです。同様な半音ずれた置き換えをして10小節までを演奏してみると、いかにドビュッシーが、そういったふざけた表現を洗練された響きに置換しているかがわかります。ここまでは一種の前奏のように感じられます。

 11~18小節は、長いドミナントとトニックで和声的には単純です。しかし、メロディーには素晴らしいアーティキュレーションの指示があり、これを守ることで単調にはなりません。17小節はとても刺激的なアポジャトゥーラの加わった借用ドッペルドミナントです。23小節ではハ長調に一瞬転調していますが、その後はト短調に転調し、ナポリ2度とドミナントの交替が繰り返されます。微妙な力性の変化を表現したいところです。また、相変わらずメロディーには細かいアーティキュレーションがありますから、これをすべて守るべきでしょう。29小節の最初はきちんと音量を落として効果的にクレッシェンドをして33小節でsubito Pにしてヘ長調への転調を強調しましょう。特にバスのcからfへの流れは意識するべきです。同様の繰り返しが38小節まで起こりますが、39小節では意外にもDes-durに転調します。ここもドッペルドミナントとドミナントの交替を微妙な強弱で表現するべきです。また、Des-durの曇った響きを前後と対比するべきです。41小節からは1小節ごとに転調し、結局F-durに落ち着きます。特に44小節では一瞬A-durにいきかけるところも、強弱を指示通りに守ることでしっかりと表現したいところです。

 46~69小節は中間部分です。スタッカートとテヌートをしっかりと音色、音質ともに区別して表現する必要があります。また、ずっとDes-durのVのオルゲルプンクトが鳴り響いていることにも注意するべきです。52~54小節は長3和音と短3和音、そしてフラット系の和音とそうでない和音の交替する質感を表現したいところです。65小節からは半ずれ調などの表現が強弱の指示に現れています。67小節ではAs-durのドミナントが大げさに表現されますが、結局トニックにはいかずに70小節で前と同様のF-durで再現します。この意外な展開をTres retenuに託したいところです。

 93小節まではほぼ忠実な再現ですが、94小節では意外にも半ずれ調のGes-durに転調します。とても曇った柔らかい響きをTres retenuで表現しましょう。また、96小節の休符はとても大切な音楽表現です。99小節からは終わりへの盛り上がりが始まりますが、109小節の最終的なフォルティシモから逆算して、最初から大きな音量にならないようにしたいところです。この部分でも101~102小節のC-durからDes-durへの半ずれ転調などが細かいsubito fなどの指示で表現されていますから守るべきでしょう。

 103小節に限りませんが、細かな装飾音は必ず正確な拍子の中に入れるべきです。例えば、第2小節の最後にある装飾音は必ず拍の中に入れるべきで、この小節が8分音符5つに聞こえないように十分正確に表現するべきです。

 とても切れ味のあるリズムと正確な拍子を守りながらユーモアたっぷりに表現するように心がけたいものです。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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