ドビュッシー探求

前奏曲集第1巻より第11曲「パックの踊り」

2008/02/15

今回の曲目
音源アイコン 前奏曲集第1巻より第11曲「パックの踊り」 3m38s

シェイクスピアの「真夏の夜の夢」に登場する気まぐれでいたずらな妖精のユーモラスなさまが題名のもとになっています。パックという妖精は、飛んだりはねたりして、最後には飛び去って突然消えてしまいます。作品は次に何がくるかわからない、すなわち、不連続な表現が随所にみられます。また、第10曲の「沈める寺」と見事なコントラストを作っています。

演奏上の問題について

 まず、基調を最初から判断することは無理でしょう。一応、変ホ長調ですが、それが辛うじて感じ取れるのは、28小節から30小節の部分でのカデンツです。しかし、これも限定進行音などをわざとぼやかしているのでわかりにくいでしょう。そういった調性のニュアンスをぼやかしたり、不連続にしたりして気まぐれさを表していますが、もう一つの大切なものとしてはリズムがあります。冒頭の1~7小節のリズムを正確に、しかも楽しく表現することはとても困難です。冒頭の付点リズムですが、これを正確に演奏するべきです。つまり、3連符として演奏すると単調になるからです。もちろん、ショパンの時代まで、この形を3連符で演奏する記譜はありましたが、ここは異なり、しっかりと付点で弾くべきです。従って、2小節目の2拍目の6連符とは音価が異なります。理由は簡単で、もしもこの付点を3連符で弾くとすると、63小節からの部分で矛盾が起こるからです。ドビュッシーは明らかに63小節からの部分で、この付点の動機を左手の32分音符と揃えるように書いているからです。8分音符138との指示がありますが、この速さは、付点と3連符の違いを表現でき、なおかつリズミカルに演奏できる、ギリギリのバランスをとったテンポです。しかし、速く弾き飛ばしてしまうのなら、多少ゆっくりでリズムの面白さを表現した方が良いと思います.

 この部分のリズムは更にたくさんのことを含んでいます。ドビュッシーはスラーを書き込んでいますが、これは単位となる音価を表しています。2小節目1拍目までは8分音符が単位で、2小節目2拍目は4分音符、3小節目から4小節目の1拍までは付点2分音符、2拍目は4分音符、5小節目は4分音符と8分音符2つなどです。また、6小節の2拍目はretenuとなっていますが、左手の音価は3連符です。ここまでのリズムを正確にとることで、伴奏のない単旋律が生き生きとしてきます。6小節の1拍目まではハ短調と感じることができます。2拍目は半ずれしたような感じで変ハ長調のように響きますが、これは8小節目の変ト長調のV11(根音省略)に向かうIVと考えることもできるでしょう。8~12小節は、変ト長調のV11(根音省略)と変イ長調のV11(根音省略)の交替ですが、後者のときによりエネルギーが高い状態で表現すると良いでしょう。また、前打音は1拍目の音との間でスラーが切れていることにも注意して表現したいものです。その後カデンツの自由さで半音階進行しながら下降し、18小節に落ち着きます。ここからはずっと変ホ長調のIのオルゲルプンクトが52小節まで続いていると考えて良いでしょう。上声部は、18~21小節は変イ長調でII→V→VI、22~23小節は意外にもハ長調のV7が挿入されています。24小節は変ホ長調のIVとIの交替、25小節は全音階和音で浮遊した感じをもち、これらの交替で推移しながら28~30小節のカデンツァでやっと変ホ長調に落ち着きます。なお、24~25小節は細かい強弱があり、26~27小節はありません。24~25小節と26~27小節は、ソフトペダルなどで違いを出すべきでしょう。

30小節からは上声部で2度音程の和音が付点のリズムで1オクターブ跳躍しています。非常に軽やかに、そして、変ホ長調のニュアンスがぼかされている感じを出したいところです。32小節からの左手には変イを主音とするフリギア旋法と平行オルガヌムで初めて息の長い旋律が歌われます。しかし、ここでもドビュッシーはまったく単純さを否定し、ヘミオラを使っています。34~35小節は変ホ長調のIに落ち着きますが、ここでも鋭い付点リズムを使って前後との対比を作っています。38、39小節は2拍子に変わり、しかもフラット系の和音の借用になっているので音色が曇ります。40小節ではもとの音色に戻り、41小節で変ハ長調に転調します。49小節からは変イ長調ですが、装飾音が左手と右手で反行しています。この面白い響きを表現したいところです。ここまでは概ね安定した中間部といえますが、53小節で突如激しい音楽に変わります。cisのオルゲルプンクトの上に、ハ長調のドミナントと嬰ヘ長調のドミナントの交替が起こります。明るさの違いを交替させたいところです。57~58小節はニ長調のドミナントで落ち着きますが同様の交替が起こります。ここはおもしろいところで、このニ長調のドミナントが、あたかも解決した安定したニュアンスを感じさせます。本来、不安定な響きのドミナントという定義が崩れています。また、冒頭部分と同様に、単位が4分音符や8分音符に変化し、単位リズムの違いがリズムの多様さを生み出しています。

 63~66小節は変ホ長調のドミナントが長く続きますから、当然、トニックには解決しません。67~78小節は、一度ナポリ2度からハ短調に向かっているように見えますが、和音が半音ずつずれていき、また、これまでのリズムモチーフが断片的に用いられながら79~86小節ではホ長調のドミナントの響きが中心になっています。主調より半音高いですが、ゆっくりなトレモロで揺れ動きながら、結局、disをesで読み替えて87小節から変ホ長調にやっと到着します。結局、61小節のドミナントからたくさんの挿入があって、91小節でトニックに解決するという図式ですが、91~94小節は単純なトニックではなく、複調を感じさせます。それが95~96小節で変イ長調とホ長調という遠隔調の音階の交替で突然消えるパックを表現して、和音を用いずに最後、バスで変ホのスタッカートで終わります。

 全体に躍動感のある軽やかで正確なリズムと、異なる拍節の面白さを全面に出しつつ、何度か現れる激しい転調をさりげなく表現すると良いのではないかと思います.ドビュッシーならではの素晴らしいスケルツォです。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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