ドビュッシー探求

12の練習曲より第12曲:和音のために

2007/10/05

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第12曲:和音のために 4m48s/YouTube

教会旋法や並行和音を多用しているとはいえ、明白に調性がとらえられるという点で、第9曲の「反復音のために」と同様に、早い段階で着想されたのではないかと思います。和音の練習曲といえば、我々は、普通、リストやラフマニノフやプロコフィエフなどの豪壮なものをイメージしますが、ここでドビュッシーは全く異なる方法で和音を扱っています。曲の始めに、「決然と、リズミカルに、重くなく」と指示があるのです。この指示がなければ、音型からしても、みんな豪快に弾くでしょう。この発想は第5曲「オクターブのために」と同じです。ドビュッシーは、ワーグナーなどの後期ロマン派から作風を出発させましたが、すぐに反旗を翻し、重厚なもの、豪快なものを死ぬまでずっと好みませんでした。
 リズミカルな前後半と、静かで極めてデリケートな和音の連結で表現された中間部の3部形式で書かれています。この作品は、両手が両端に飛ぶ跳躍が多く、ミスタッチなしで演奏することが難しいところです。しかし、それ以上に困難なのが、その中で響きの質感をも微妙に替えることをドビュッシーが要求していることです。
 最後は彼が若い頃からずっと用いてきた教会旋法の終止の代表、ピカルディ終止で、しかし従来の落ち着いた用いられ方ではなく、極めて輝かしく、明るく全曲を締めくくります。

演奏上の問題について
 両手が反行形で跳躍することをどう考えるかですが、実は、左右とも和音部分とオクターブ部分を別の声部と考えると演奏が容易になります。たとえば、1小節目の右手ならば、a cis e aの和音の響きの中に1オクターブ上のaのオクターブが響くといった感じで、このa cis e aの和音は3拍目のas c fの和音に連結するといった感じです。具体的にはaがasに、cisがcに、eがfに連結する、即ち、和音の揺れを認識することです。左手も同様です。
 11~12小節は揺れがg→as→gとフラット系に揺れ、12~13小節はg→fis→gとシャープ系に揺れるので、前者は暗め、後者は明るめにします。以下、同様に判断して音色や強弱を決めます。
 調性は比較的はっきりしているので、たとえば31~33小節などのようにカデンツァが明確な場合、それを意識して表現すると良いと思います。51~53小節は、特に内声の音がどう連結されるかに注意を払うと良いでしょう。また、和音が並進行しているのか、カデンツァ的な進行をしているのかを区別すると演奏しやすくなります。
 80小節からの中間部分も本質的には変わらず、和声の揺れを声部ごとに認識すること、シャープ系とフラット系の音色を使い分けることで音楽的になります。92~93小節は、バスとソプラノが反行形になって同時にふくらんでしぼむ感じを強調したいところです。特に93小節は1回目よりも大きな揺れにしたいところですが、ロマン派のように思いっきりやるのではなく、さりげなく表現するようにドビュッシーは指示しています。95小節はその前から異名同音的な転調をして、しかもcisのオクターブが嬰へ長調のVのオルゲルプンクトとなり、5拍目でハ長調のV9をドミナントのように用いています。96小節からの部分は、嬰へ長調ですが、微妙にリディア調の響きがします。103~104小節はドビュッシー特有の、もったいぶったドミナントですから、当然、解決しません。その意外なニュアンスを105小節に表現したいところです。126小節3拍目の再現部に向かうクレッシェンドは直前まで我慢に我慢を重ねます。また、再現部はフォルティシモで弾きそうになりますが、フォルテです。これは54小節も同様で、「決然と、リズミカルに、重くなく」を思い出さなければいけないところです。あとは多少の短縮はありますがほぼ忠実な再現です。最後の177~179小節の跳躍も、多声的な感覚で弾くと表現しやすいと思います。179小節の3拍目にやっと2回目のフォルティシモが出てきて、最後のオクターブも重くなく切れ味鋭く終えます。盛り上がるところはアッチェレランドもせず、我慢のクレッシェンドが随所に必要で、これがドビュッシーの好んだ質感になるのです。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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