ドビュッシー探求

12の練習曲より第3曲:4度のために

2007/08/17

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第3曲:4度のために 5m34s/YouTube

機能和声と呼ばれるルネッサンスから近代までの和音とその構造は3度とよばれる音程の積み重ねが基本になっていますが、ドビュッシーは、この作品でそれをうち破り、何と、4度の積み重ねによる作品を創りました。そもそも、ドビュッシーの練習曲集は、練習して他の作品がうまく弾けるようになるようなものではなく、題名をモチーフとした抽象的な音楽ですが、この作品は、特に斬新で透明、かつ複雑な響きをもっていて、傑作揃いの練習曲全12曲の中でも極めて高く評価されています。曲中の至る所で速度の変化に関する標語が書かれていますが、これは、極めて自由に演奏するようにというドビュッシーの指示です。しかし、ドビュッシーの標語は多くの場合、複雑な意味を持っていて、これを守らないと陳腐で過度にロマンティックになり、求める質感にならないという警告をしているのですが、ただ表面的に守っても、その意味が分からないとなかなか良い表現に結びつかないところが難しいところです。
 曲は、5音階で始まりますが、曲中は古風な教会旋法や全音階を多用しています。それは音楽史をちょっと考えると当然かもしれません。そもそも4度音程の並進行は、グレゴリオ聖歌ではよく使われた表現で、9?13世紀あたりでは4度の並行オルガヌムという名のもとに、最も一般的な多声音楽だったからです。それをドビュッシーは現代のピアノという楽器で現代的に加工して再現したと考えられます。最後はそれを裏付けるかのように、アーメン終止的な響きで平和に終わります。
 第10曲の「対比音のために」と並び、響き(ソノリテ)の多様さと美しさにおいて傑作だと思います。

 
演奏上の問題について
 6小節目のピウ・ピアノですが、付点2分音符の和音はフラット系なのでクラリネットなどの木管楽器の音色と考えると、前の小節と明らかに響きのニュアンスが変わって表現しやすいと思います。また、cの同音連打はそういう意味ではフラット系でない音なので、弦楽器や打楽器の響きを考えると和音とのコントラストが出やすいと思います。例えば7、10、37,40小節に代表されるようなパッセージですが、ぼくはドビュッシーが書いたとおりの左右の手の配分で弾きます。これは非常に困難ですが、うまくはまれば響きはこちらの方が美しいからです。また、これはフォルティッシモでなくフォルテで、しかもフラット系なので、その質感を守るとうまく響かせやすいです。指使いはここでは煩雑になるので書けませんが、鍵盤の前後の長さをうまく利用して、ポジションをうまくとれるものを考えると良いと思います。鍵盤の前後のポジション移動は、54小節目から始まる右手の32分音符の4度パッセージでも大切です。61から62小節にかけての右手の跳躍ですが、62小節の右手の付点二分音符は左手でとれるとしても、右手で、間をあけずにsubito Pでとると緊張感が出て良いと思います。65小節からの部分ですが、速い4度パッセージがないところで和音を音を出さずにおさえ直してペダルを踏み変える演奏法もありますが、ぼくはすべての弦に共鳴している響きを消したくないのでそうしません。そのかわり、音の長い音符の響きをよく聴きながら速いパッセージを弾き、滑らかに息の長い中低音域の声部が流れるようにします。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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