名曲喫茶モンポウ

第17回 ブリッジを味わう

2010/12/24
第17回ブリッジを味わう
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 今日は、イギリスの作曲家、フランク・ブリッジ(1879-1941,イギリス)の、クールで叙情的なピアノ曲をご紹介します。
フランク・ブリッジ
フランク・ブリッジ(1879-1941,イギリス)

 フランク・ブリッジ(1879-1941)は、ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)やホルスト(1874-1934)らと同時代のイギリスの作曲家です。
 ブリッジは、指揮者の父親からヴァイオリンの手ほどきを受け、ヴァイオリニストを目指しましたが、のちにヴィオラに転向、ヨアヒム四重奏団(1906)、イギリス弦楽四重奏団(~1915)などでのヴィオラ奏者として活躍しました。その傍ら、指揮者としても活躍し、サヴォイ劇場(1910~11)、コヴァント・ガーデン(1913)などでオペラを指揮したほか、ロンドン交響楽団などの主要オーケストラにも客演を重ねました。難解な演目も即座に指揮できる有能な指揮者だったため、指揮者ヘンリー・ウッドは、プロムナード・コンサートでの自身の代役に彼を指名したといいます。
 このように、指揮者・ヴィオラ奏者として広く活躍したブリッジですが、作曲家としては不遇をかこちました。諸外国から孤立した島国イギリスの保守的な楽壇では、ブリッジの斬新な和声は理解されなかったのです。ブリッジは、ヴィオラ奏者として、ラヴェルやドビュッシーの弦楽四重奏曲のイギリス初演にかかわるなど、多くの先進的な作品に触れてきました。このような経験が、彼の創作に和声的な影響を与えたとも言われています。
 ブリッジの音楽は、作品によって、ブラームス風だったり、ドビュッシー風だったり、ベルクを彷彿とさせるほど前衛的だったり、などと、がらりと雰囲気を異にし、同じ作品の中でもさまざまな書法が散見されます。折衷的などと評されますが、あらゆる書法に精通したその作曲技術は只者ではありません。そして、使われている書法はさまざまでも、全体を貫く響きは、いつも凛としたクールな叙情を湛えていて、それがブリッジならではの個性となっています。なお、彼の唯一の弟子であった作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913-76)は、「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」を作曲するなど、彼の作品の紹介に積極的に努めました。わが国でも、最近、ピアニスト舘野泉氏の復帰の契機となった作品(ブリッジ「(左手のための)3つのインプロヴィゼーション」)が話題になりましたが、ブリッジの音楽は死後評価を高め、今日のイギリスでは広く人気を博しています。
 ブリッジの魅力は、主に、代表的な管弦楽曲「海」などでのオーケストレーションの色彩の妙で堪能できますが、ピアノ曲では、斬新な書法を展開した代表作ピアノソナタ(1921-24)のほか、多くのキャラクター・ピースを残しており、リリカルな佳曲の宝庫になっています。

《 メモ 》

 今回ご紹介する「プリンセス」「心の平安」は、ともに、ブリッジの魅力をよく伝えている美しい小品です。

「おとぎ話組曲 A Fairy Tale Suite」(1917)より第1曲「王女 The Princess」
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譜例

 「おとぎ話組曲」は、「王女(The Princess)」「鬼(The Ogre)」「呪文(The Spell)」「王子(The Prince)」の4曲から成る組曲ですが、この曲が書かれた1917年は第一次大戦中で、おそらくブリッジは音楽を通じて現実から「おとぎ話」の世界に逃避したのだと思われます。「王女」はほんとうに可憐で愛らしい音楽ですが、ブリッジが切実に夢見た光景なのかもしれません。


「3つの抒情詩 3 Lyrics」(1921-24)より第1曲「心の平安 Heart's Ease」
【 ♪ 試聴する
譜例

 高音部の鐘を思わせるような下降モチーフと、どこか懐かしい旋法的なメロディーの断片が交互に現れます。タイトルの通り、穏やかな気分に満たされた音楽です。

譜例

 高次倍音を微かに重ねて、神秘的な響きが現出する場面などは、フェデリコ・モンポウを彷彿とさせるものがあります。作品によってさまざまな顔を見せるブリッジは、なんとも柔軟で面白い作曲家です。

 皆さんもぜひ、このような隠れた佳曲を見つけて弾いてみてください。良い息抜きになるだけでなく、初見の練習にもなりますし、自分だけの「とっておきの名曲」をレパートリーに持っていると素敵です。IMSLPにはそんな楽譜が沢山眠っていて、それを発掘する愉しみも格別です。

参考文献 『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
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当カフェのマスター、内藤 晃の新譜「ショパン:24の前奏曲ほか」(HERB Classics)が12月1日発売されました(→ 詳細)。YouTubeで一部試聴可能です。お申し込みはこちらからお願いいたします。
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内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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