名曲喫茶モンポウ

第15回 羊は草をはむ

2010/03/15
第15回羊は草をはむ
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 今日は、いつもと少し趣向を変えまして、私が最近愛奏しておりますバッハのアリア「羊は安らかに草をはむ」について、徒然なるままにお話ししてみたいと思います。
草をはむ

 これは、「楽しき狩りこそわが喜び(バースデー・カンタータ)」という世俗カンタータの中の1曲です。礼拝とは無関係の世俗カンタータは、オペラ的な要素が強く、音楽にこめられた風刺やユーモアなど、バッハの知られざる一面を垣間見ることができます。「バースデー・カンタータ」は、ザクセン選帝侯の誕生日を祝う作品で、「羊は安らかに草をはむ」は、領主を羊飼い、人々を羊になぞらえて、「良い羊飼いのもとでは、羊は安らかに草を食むことができる」などと領主を称える、一寸ユーモラスなアリアになっています。

 このような一見軽い内容の音楽にも、バッハの力量は遺憾なく発揮されています。草原で草を食んでいる羊たちを見つめるバッハの優しい眼差しは、その情景を、こんなにものどかで清冽な音楽に写し取りました。リコーダー(フラウト)2本が奏でる素朴な調べは、草原の空気とともに、羊たちの匂いまでも運んでくるようで、聴き手にタイトルどおりの情景を連想させずにはおきません。聴き手の心に平安をもたらしてくれるような、素晴らしい音楽です。

 ところで、右手の故障が新しい治療法で奇跡的に回復し、40年ぶりに両手での演奏活動に復帰したレオン・フライシャー氏が、2004年に発表した「Two Hands」というアルバムがあり、この「羊は安らかに草をはむ」(エゴン・ペトリ編曲)のしみじみと印象深い演奏が収められています。この感動的な復帰のアルバムは広く愛聴されていますが、その名演に触発されて、エゴン・ペトリ編曲の「羊は安らかに草をはむ」をレパートリーに入れるピアニストも増えてきました(かく言う私もその1人です)。フライシャー氏は、実演でも、アンコールなどでこの曲を愛奏しておられ、涙をさそわれた方も少なくないでしょう。原曲に忠実でありながら、たいへん趣味の良い内声のハーモナイズがなされた、エゴン・ペトリによるすぐれた編曲は、フライシャー氏の演奏によって、これまで以上に広く知られるようになったのです。

 すぐれた演奏家によって弾かれることで日の目を見る作品というものがあります。ラローチャ女史によるアルベニスなどがそうですし、舘野泉氏が満を持して取り組んだセヴラックのアルバムは発売当時「こんな素敵な作曲家がいたのか」と音楽仲間のあいだで随分話題になりました。今回のケースは少し異なるかもしれませんが、フライシャー氏は、バッハの音楽、さらにはエゴン・ペトリによる編曲の魅力を余すところなく伝え、この曲のピアノ編曲版の愛好者を着実に増やしています。

 何はともあれ、青空の下で草を食んでいる羊たちの情景を思い浮かべながら、バッハの音楽を味わっていただければ幸いです。

演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
当カフェのマスター、内藤 晃の出演イベント情報。

3月17日(水)14:00~
新生Hoffmannグランドピアノ レクチャーコンサート」

於 ユーロピアノ八王子技術センター (プログラムA
お申し込み・お問い合わせ ユーロピアノ株式会社 042-642-1040(要予約)

3月27日(土)14:00~
「ピアノ弾き比べコンサート―BECHSTEIN, SAUTER」

於 ユーロピアノ関西ショールーム(神戸) (プログラムA
お申し込み・お問い合わせ ユーロピアノ関西ショールーム 078-855-8088(要予約)

3月28日(日)14:00~
ヨーロッパピアノで奏でるショパンの調べ

於 旭堂楽器店(京都) (プログラムB
お申し込み・お問い合わせ 旭堂楽器店 075-231-0538(要予約)

4月17日(土)11:00~
「ピアノ弾き比べコンサート―Hoffmann, YAMAHA」

於 ヨーロッパ輸入ピアノ専門店バロック(名古屋) (プログラムA
お申し込み・お問い合わせ バロック 052-775-5786(要予約)

【演奏予定曲目】
プログラムA(予定)
 ♪ ショパン:子守歌 変ニ長調 Op.57、即興曲第3番 変ト長調 Op.51
 ♪ チャイコフスキー:組曲「くるみ割り人形」より
 ♪ ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ ほか

プログラムB(予定)
 ♪ ショパン:
子守歌 変ニ長調 Op.57、マズルカ 嬰ハ短調 Op.50-3、
即興曲第3番 変ト長調 Op.51、ワルツ第5番 変イ長調 Op.42、ノクターン第8番 変ニ長調 Op.27-2 ほか
ネットワーク配信許諾契約
9008111004Y31015

内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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