名曲喫茶モンポウ

第04回 リャードフを味わう

2008/08/18
第4回第4回 リャードフを味わう
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
今日は、「音の細密画家」とも呼ばれるロシアの作曲家、アナトーリ・リャードフ(1855-1914,ロシア)のリリカルなプレリュードを3曲ご紹介します。
アナトーリ・リャードフ
アナトーリ・リャードフ
(1855-1914,ロシア)

 アナトーリ・リャードフの音楽は現在あまり知られていませんが、実は、不名誉なエピソードで音楽史にその名をくっきりと刻んでいます。彼は、ロシア・バレエ団のディアギレフから《火の鳥》を題材にしたバレエ音楽の作曲を当初依頼されていたにもかかわらず、ぐずぐずしているうちに若いストラヴィンスキーに依頼が回って、チャンスをフイにしてしまったのです。ストラヴィンスキーがこの作品で一躍大成功を収め、今なおポピュラーな存在であるのは周知の通り。対するリャードフは、「《火の鳥》を作曲し損ねた男」として、ストラヴィンスキー《火の鳥》のプログラム・ノートに脇役として登場するのみで、その作品は忘却の憂き目をみています。
 リャードフの怠け癖はこれに限ったことではなく、ペテルブルク音楽院の学生時代にも欠席過多で一度音楽院を除籍されています。のちに再入学が認められ、無事卒業できたのですが、師のリムスキー=コルサコフによると、彼は「授業の練習課題は軽蔑していた」そうで、才能に恵まれながらも、勤勉な性格からは程遠かったようです。実際、彼には構想のみで完成に漕ぎ着けることのできなかった作品が山ほどあるそうで、大規模な作品を書くのが苦手だったといいます。10年かけてコツコツと第1交響曲を完成させたブラームスなどとは対照的かもしれません。また、リムスキー=コルサコフは、1880年に演奏会の指揮を彼に任せるにあたっても懸念を表明しており、怠けがちで仕事ができないというキャラクターは相当なものだったようです。
 それでも彼は、母校の教授に迎えられてからは熱心に教育に取り組み、プロコフィエフ、ミャスコフスキーらを育てました。彼はちょうどロシア音楽における過渡的な世代に位置づけられ、自身が傾倒していたショパンを思わせる上品な洗練と、国民楽派らしいロシアの土臭さが音楽に同居しているのが実にユニークです。彼は、自分の祝賀会にわざと欠席したり、新作の初演の際呼び出しを避けてホールの円柱のかげに隠れたりするなど、目立つのが大嫌いな性格だったそうで、それが、上品なセンスに彩られたその音楽にも表れています。
大作を仕上げるのが苦手だった「音の細密画家」リャードフは、瞬間的な美しさへの志向が顕著で、その魅力を小品で開花させました。数多くのピアノ小品があり、派手さは無いものの、細やかな色彩のあやを織り成した佳曲です。《火の鳥》を作曲し損ねた怠け者の類い稀なセンスを是非見直していただきたいと願っています。

《 研究 》 ──前奏曲

 前奏曲(プレリュード)というスタイルは、ルネサンス時代、演奏に先立って行われていた「指慣らし」的な即興演奏から発達したと言われています。この即興演奏のなかで、リュート奏者は調弦を確認し、鍵盤楽器奏者はタッチの調子を確認し、オルガニストはピッチや旋法を定めて、演奏に入る準備をしていました。当初は、同じ旋法や調で書かれた不特定の曲への導入を想定して書かれており、次第に、フーガなど特定の曲への導入として書かれたものが現れてきます。1722年に成立したバッハの「平均律クラヴィーア曲集」では、24の調性で多種多様な前奏曲とフーガが書かれ、調性感の点でも後世の作曲家に大きな影響を与えました。
 この偉大なバッハの曲集を意識して、1839年にショパンが「24の前奏曲」を出版しますが、これは、24の調性で書かれた前奏曲のそれぞれが後続曲をもたない独立した作品でした。この素晴らしい傑作の影響で、ロマン派以降のキャラクター・ピースの1スタイルとしての「前奏曲」が確立し、ドビュッシーやスクリャービンら多くの作曲家によって傑作前奏曲が盛んに作曲されていくことになります。
 リャードフもそのうちの1人で、ロシアで初めて多くの前奏曲を作曲し、のちにラフマニノフ、スクリャービンらによって多くの前奏曲が生み出される土壌をつくりました。彼は、前奏曲というスタイルを特に好んだそうです。今回ご紹介する3曲はいずれも「音の細密画家」リャードフの魅力がよく表れたもので、微細な色彩の移ろいとコントラストが実にすてきです。わずか1~2ページの中での目まぐるしい転調からも、瞬間的な新鮮な響きを追い求めていたことが良くわかります。お楽しみいただければ幸いです。

前奏曲 変ロ長調 Op.46-1 【 ♪ 試聴する
第4回
前奏曲 ニ短調 Op.40-3 【 ♪ 試聴する
第4回
前奏曲 変ニ長調 Op.57-1 【 ♪ 試聴する
第4回

( 2008年8月8日 ユーロピアノ東京ショールームにて録音 [ベヒシュタイン使用] )
参考文献  『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
クリューコフ他著、森田稔・梅津紀雄訳『ロシア音楽史II』全音楽譜出版社

演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
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内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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