名曲喫茶モンポウ

第02回 シャミナードを味わう

2008/06/24
本日のメニュー
<シャミナード>
主題と変奏 Op.89
森の精 Op.60
第2回第2回 シャミナードを味わう
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 こういうジメジメした季節にはさわやかな音楽を聴くに限ります。今日は、セシル・シャミナード(1857-1944,フランス)のエレガントなピアノ小品をご紹介します。

 セシル・シャミナードは、ベル・エポック時代(パリが繁栄をきわめた19世紀末~20世紀初頭にかけてをいいます)のパリで大活躍した女性のコンポーザー・ピアニストです。いわば当代きっての「ヒット曲メーカー」的存在で、サロン風の親しみやすいピアノ曲や歌曲が大流行、イギリスではヴィクトリア女王の御前演奏、アメリカでもホワイトハウスに招待されるというまばゆいばかりの活躍だったといいます。生前、その名を冠した石鹸も発売されました。演奏活動と出版で経済的に自立した初めての女性作曲家と言われていますが、後半生は足に障害を抱えて表舞台から姿を消し、死後は、フルートのための「コンチェルティーノ」がたまに演奏されるのを除いて、ほとんど忘れ去られた存在になってしまっています。
 彼女は、あるインタビューで、同時代に活躍したドビュッシー(1862-1918)の音楽に対する感想を求められた際、「私は音楽の中にまず旋律を求めるほどの、まことに古くさい人間なのです」と応じて、和声語法の拡張で旋律や調性が曖昧になりつつあった当時の音楽の新しい風潮を暗に批判していますが、実際、彼女は傑出したメロディーメーカーで、その音楽は愛らしく魅力的な旋律にあふれています。昔ながらの分かりやすくキャッチーな音楽が万人に受けたのでしょう。  私は、マルク=アンドレ・アムランの来日公演をラジオで聴いていた際、アンコールに弾かれた小品の美しい旋律が耳から離れなくなりました。曲名を聞き逃したので、ラジオ局に問い合わせたところ、それが、シャミナードの「主題と変奏」でした。私の、シャミナードとの出会いです。そのシンプルで覚えやすい旋律には、抗えない魅力がありました。
 シャミナードほど、生前の人気と死後の知名度にギャップがある作曲家も珍しいと思います。彼女の音楽は一過性のもので、後世に残るに足る普遍的な魅力を持っていなかったのでしょうか?「かつて流行したサロン音楽」の一言で片付けてよいものでしょうか?
 彼女の生前の人気ぶりは、他の作曲家たちの嫉妬と羨望の的となっていたようです。また、彼女のサロン風の分かりやすい音楽は、一般的には人気がありましたが、新しさを求める当時の音楽界からは疎んじられていました。難解で前衛的な音楽がもてはやされる一方で、サロン向けの音楽は殊更に軽視されていく傾向にあったのです。女性蔑視的な扱いも受けたようで、実際、彼女は、1879年に入会した国民音楽協会を、不当な扱いに耐えかねて10年後に退会しています。
 そういうわけで、シャミナードの音楽が忘れられてしまった背景を考えると、彼女の作品の個性と、それが生み出された当時の歴史の流れとのせめぎ合いから様々な問題が浮かび上がってくるのです。
 なお、シャミナードは、私生活では当時珍しい遠距離結婚の形態をとったことでも知られていますが、音楽活動を最優先したところに、彼女の音楽家としてのプロフェッショナルな意識があらわれているのではないでしょうか。

参考文献 小林緑編『女性作曲家列伝』(平凡社、1999年)

《 研究 》

 シャミナードの旋律がゆたかな歌心を感じさせるのは、順次進行を主としているためです。「主題と変奏」を見てください。主題の前半部の旋律などその典型で、その大部分が順次進行していますが、このシンプルさ、素朴さが親しみを誘うのです。歌唱的な旋律は覚えやすく、また口ずさむのも容易です。
 フランスの旋律は、フランス語の柔らかい抑揚のように半音進行や跳躍進行を多くとる傾向にあるので(シャンソンの旋律を思い浮かべてみてください)、単純な順次進行を主としたシャミナードの音楽は、むしろチャイコフスキーラフマニノフの音楽を彷彿とさせるところがあります。ただ、彼らに似たちょっとクサいけれどロマンティックな旋律を、コテコテに歌い上げるのではなく、上品で洗練された響きに乗せてさらっと歌うところに、シャミナードの稀有な魅力があるのではないでしょうか。
主題と変奏 Op.89 【 ♪ 試聴する
シンプルでロマンティックな主題(イ長調)」
シンプルでロマンティックな主題(イ長調)
ピアニスティックで演奏効果に富んだ第一変奏(イ短調)
ピアニスティックで演奏効果に富んだ第一変奏(イ短調)

激情を感じさせる第二変奏(イ短調)を経て、高音域で主題(イ長調)が回帰される。その移行部が、ベタな展開ではあるが実に美しい。

第2回
 シャミナードのピアノ曲の多くは、歌曲風の部分と、ピアニスティックで技巧的な部分から成っています。「森の精」もその典型で、若干ワンパターンな嫌いはありますが、そのコントラストがなかなか効果的で、高貴な香り漂う旋律とともに、印象に残る佳曲です。ピアニストにとっては、歌心と華やかな効果の双方で魅せられる「おいしい曲」として人気を博したのがよく分かります。
森の精 Op.60 【 ♪ 試聴する
第一部の美しい旋律
森の精 第一部の美しい旋律
第二部の技巧的なパッセージ
森の精 第二部の技巧的なパッセージ

 何はともあれ、シャミナードの音楽は、いま聴いてもそのキャッチーな魅力は健在で、演奏効果も高いので、もっと演奏されていてもおかしくないと思います。

 シャミナードのお洒落な小品、アンコールピースとして、いかがですか?なかなか、おいしい選曲ですよ。

演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
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内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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