【実施レポ】ショパン名曲シリーズ第3弾 4つのバラード 全曲解説と演奏(樋口紀美子先生)

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2015/11/05
ショパン名曲シリーズ第3弾 4つのバラード 全曲解説と演奏
樋口紀美子
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2015年10月6日(火)
於)南麻布セントレホール

ショパンの祖国ポーランドでちょうど第17回ショパン国際ピアノコンクールが催されていたこともあり、国内外でショパンの演奏に心惹かれている人が多いと思います。日本でもショパンを好んでよく演奏されますが、果たしてどれだけの人がショパンのメッセージに気を配り、人間の深い哀しみに共感できているのでしょうか。長年ショパンを弾き続けているピアニストの樋口紀美子先生もますます新たなショパンの心情を覚え、ハッと心を打つ思いをするそうです。それと同時に、日本人がショパンを演奏するうえで見落としがちな点が多々あり、なんとか改善できないものか、指導者としての悩みもお持ちになっておられます。少なくともショパンの偉大な作品に対して正しい方向性をもって取り組んでほしいという願いから「ショパン名曲シリーズ」と題してセミナーを開催しています。

今回はショパンの作品の中でも人気のある『4つのバラード』を取り上げ、演奏法を中心に1曲ずつ丁寧に解説していただきました。受講されたピアノの先生、学生、演奏家、音楽愛好家の方々はみな樋口先生の軽快なトークと素晴らしい演奏に導かれ、ショパンの新たな魅力に引き込まれていきました。今までなんとなく弾いていたパッセージが実はこんなに深い意味があるとは...!?と気づきの連続です。特に西欧と日本の演奏の違いを具体的に弾き比べてくださると、センスの違いが一目(聴)瞭然、どちらがいいかはっきりと理解できました。
樋口先生の演奏は聴く人の心に清水のごとく音楽がすーっと浸透していくような自然な流れがあり、その流れは決して停滞せず、次から次へとクライマックスに向かって展開され、同時に私たちの鼓動が共鳴するような高揚を感じます。それは超絶技巧の激しい動きにも破たんを来すことなく心地よい響きとして安らぎとさえ思えてくるのですから本当に素晴らしいです!

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では、少しでも樋口先生のような演奏に近づくために具体的に何をすればいいのでしょうか。まず樋口先生がバラード全曲を通して繰り返し強調されていたことは、『和声の移り変わり』です。常に調性の変化に敏感になることで、曲が生き生きと輝いてきますし、大きな枠組みの中で自由に変化していく和声はとても美しいです。アジタートでも和声進行をベースにメロディーやバスの動きなどを捉えると、立体的な広がりが生まれ余裕をもった演奏になります。また、ショパンの魅力として半音階的な和声進行やメロディーの中の半音進行がありますが、楽譜からきちんと読み取ることでショパンの特別な思いを感じられるでしょう。
ピアノの譜面台にはパデレフスキー版とコルトー版の楽譜が並び、アーティキュレーションの違いに注目して演奏を比較すると、それぞれ異なる印象を受けることがわかります。例えばバラード2番の冒頭、パデレフスキー版では長いスラーが続きますがコルトー版では短いスラーをつないでいます。「スラーは文章の句読点であり、呼吸に合わせるものなので、スラーがどこからどこまでか、またスラーの中でも区切られることがあるので、いろいろ自分で考えることが大事です」と強調されていました。
ショパンの音楽には『隠れたメロディー』が多く存在し、ショパンの意図をくみ取って演奏するとより豊かな響きになると説明してくださいました。バラード1番の美しい第2テーマが終息に向かう中、メロディーに交じってアクセントで四分音符[Des→Ces→B]が流れるところは、あくまでも隠れたメロディーとしてさりげなく演奏するほうが望ましいと。
また、バラード4番においてはいろいろな声部が織りなすポリフォニック的な要素が深みを与え、独特の世界観を現した壮大な曲となっています。最後のアジタートのすさまじいテクニックを要する部分に、キリストが十字架を背負う場面を思い起こすようなラメントバス・4度下降する半音階f-moll[F→E→Es→D→Des→C]が存在することを教えてくださり、改めてショパンの思いを意識して演奏することの大切さを感じました。
他にも、ぺダリングやフレージング、伴奏、アルペジオ、リズムや休符の大切さ、6/8の拍感など、具体的にわかりやすく解説していただきましたが、もちろん2時間のセミナーだけでは限りがあります。バラードは人生を積み重ねてこそ見えてきて共感することが増すのだと気付いたことに感謝し、ライフワークとして今後も取り組んでいきたいと思った方も少なくないかもしれません。

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樋口先生はこのセミナーの4日前に『レオ・シオタ』のドキュメンタリー映画を鑑賞し、ユダヤ人迫害に翻弄されたユダヤ人ピアニストの苦悩と祖国に戻れなかったショパンの心情に何か共通するものを感じたそうです。実際、樋口先生はレオ・シオタの孫弟子に当たり、今までも少なからず影響を受けてきたと思うのですが、今回映画の中でレオ・シオタによるショパンの演奏を聴いて、こんなにもショパンの人間としての哀しさを痛感するとは思わなかったとお話しくださいました。「どうしてショパンの音楽はこんなに深くて私たちの心をつかんで離さないのか...。なぜならヨーロッパの悲しい運命を背負っていたからにちがいない」と。そして「ショパンの時代背景を知り、それぞれの作品に込めたショパンの思いに近づく努力を惜しまないで続けることが自分自身の世界を広げることになります。ショパンという大天才の芸術作品に触れるということはどういうことかを今一度考えてみてください。」というお言葉をいただき、第3回目のセミナーを終了いたしました。


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